第10回(2020) アガサ・クリスティー賞『地べたを旅立つ』考察

2021年5月19日小説投稿と通過,新人賞受賞作

正式名称は長くて、『地べたを旅立つ 掃除機探偵の推理と冒険』です。あらすじを読んで「……?」となっていたんですが、面白かったです。ミステリ色は薄めですが、なにはともあれ面白かった。

巻末に選評がありまして、北上次郎さんの言葉が本作を見事に表していると思います。

(略)しかし自分で最高点をつけておきながらこんなことを言うのもなんなのだが、いくらなんでも選考会でこの作品が票を集めることはないだろうから、そのときは選評でこの作品に対する愛を語ろうと思っていた。私はお前が好きだよ、と。

北上次郎さん@『地べたを旅立つ 掃除機探偵の推理と冒険』の選評より

いや、ほんとこの選評の通りです。読んだ後、作品が愛おしくなっています。上の言葉だけでなく、北上先生の選評が素晴らしく、こちらも必見です。

作品のあらすじは?

鈴木勢太、性別男、33歳。未婚だが小学5年生の子持ち。北海道札幌方面西方警察署刑事課勤務……のはずが、暴走車に撥ねられ、次に気づいたときには……「スマートスピーカー機能付きロボット掃除機」になっていた! しかもすぐ隣の部屋には何故か中年男性の死体が。どんなに信じられない状況でも、勢太にはあきらめられない理由があった。亡き姉の忘れ形見として引き取った姪・朱麗のことだ。朱麗の義父だった賀治野は、姉と朱麗に暴力を働き接近禁止令が出ていたが、勢太がそばを離れたとわかったら朱麗を取り戻しにやってくる。勢太の目覚めた札幌から朱麗のいる小樽まで約30キロ。掃除機の機能を駆使した勢太の大いなる旅が始まる。

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高齢者の暴走運転に巻き込まれたセイタ。目が覚めたらロボット掃除機に……。

正直、前半しばらくは説明が多いし、カットバックが入るしで読みにくく、そっと棚に戻しかけたんです。が、おもしろいと評判だったので読み進めることに。後ろに行くほど読みやすくなっていきます。たぶん、ロボット掃除機の独り言が癖になっていくからだと思われます。面白いし、愛着がわきまくりです。

さて、ロボット掃除機として目覚めたセイタですが、明らかに他殺された男性を発見。なんとか外へ連絡を取り、事件を解決しようとします。そして解決の糸筋が見えたところで、朱麗のいる小樽へ向かって、部屋を飛び出すのです!

が、たどり着くまでにはいろいろありまして……といった、30kmのロードストーリーです。

ミステリ的な仕掛は小粒で、1つめの弁護士事務所での殺人事件(密室)、2つめで出会うあるアパートでのトラブル(個人的にはこれが一番上手いと思った)、そして全編を通して描かれる姉の事件の3つ。

鮎川賞でもお名前を見かけた作者のため、ガチガチの本格を期待していたんですが……それはあんまり期待しないほうがいいかもしれません。先入観をなくして読んでください。

このあたりが評価されたのでは?

北上先生の選評がすべて!

いや、マジです。とにかく、読者が「お前が好きだよ!」といいたくなる小説です。受け入れられないという読者もいるでしょうが、わりと多くの方がアリ!と思うかわいらしさがあります。

ロボット掃除機が面白く、ばかばかしさを醸し出していてすごくユニークなんですよね。

つまりロボット掃除機のロードストーリーというアイディア

扱っているテーマは結構重いんですが(児童虐待、高齢者の暴走運転)、ロボット掃除機にまつわる様々なことが、ユニークで、ばかばかしくて、暗くなりません。うまく行きすぎではあるのですが、それを含めて楽しむ小説だと思っています。

ITスキルを活用した事件解決

事件や掃除機に関して、IT技術がうまく利用されています。そして、「あるある」なセキュリティ意識のなさを利用しているのもよいのではないかと。日常的に使っているIT技術で事件を組み立てているのが素晴らしいと思います。

勢いがある!

よくわからない勢いがあります。最初はすごく読みにくかったのですが、後半に行けばいくほど愛着がわいてくる作品です。とにかく、イイ。理屈じゃないんです。

ばかばかしいことを真面目にやっている人って、妙に人目を引いたり、好感を持ったりしませんか? そういう感じです。とにかく、コレワルクナイ、ムシロオモシロイってなってくるんです。

引っかかったところ

人によってはたぶん「なんでロボット掃除機に人が憑依するの……? 無理」と思うのではないかと。私は引っかからなかったんですけれど。ただ、本作のばかばかしさの前では、そんなことを議論する意味がないです。受け入れられなかった方は残念、そうでない方は楽しみましょう!というしかない。

前半部分がもうちょっと読みやすければとは思うのですが、慣れてくると問題ありません。作品に没頭するまでちょっと時間がかかるかなとは思うんですが、この荒唐無稽な状況を説明するには仕方がなかったのだろうと推察します。

ミステリ部分が完全解決していません。一定の推理といった感じで、完全解答ではないんですよね。私はこの辺、おもしろければどうでもいいタイプなので気になりませんが、引っかかる方もいらっしゃるかも。

正直、この愛すべきばかばかしさの前では、なにをいっても……的な感じです。たぶん、突っ込みどころは色々ある気がするんですが、気にしたら負けという気になります。

まとめ

あらすじや感想ではわからないところに魅力があります。読んでみなければ理解できない作品です!

ちなみに、この回の優秀賞はこちら! こちらはまだ未読なんですが、歴史ミステリーでかなり気になっています。