第67回(2021)江戸川乱歩賞『北緯43度のコールドケース』考察
この年は同時受賞です。
『センパーファイ —常に忠誠を—』 伏尾美紀
『老虎残夢』桃ノ雑派
選評を読む限り、『センパーファイ —常に忠誠を—』 は文章や構成でかなり問題があったようですが、アイディアを評価されて受賞。刊行時期が10月(普通は9月)とずれ込んだのは、直す部分が多かったせいなのか、同時受賞だったからなのか。気になるところです。
『センパーファイ —常に忠誠を—』が当初のタイトル。まったく意味がわかりません。センパーファイとは「常に忠誠を」という意味で、アメリカ海兵隊のモットーのようですが(Wikipediaより)、そもそも海兵隊が関係ないです。警察小説なので上意下達はあるにせよ、「常に忠誠を」ってほど熱くも、圧迫もない。
『北緯43度のコールドケース』とタイトルを変えて正解だと思います!
作品のあらすじは?
「事件が面白い」「登場人物が魅力的」「警察の描写がリアル」と選考委員が称賛!
Amazon
博士号を持ちながら30歳で北海道警察の警察官となった沢村依理子。
ある日、5年前に未解決となっていた誘拐事件の被害者、島崎陽菜の遺体が発見される。
犯人と思われた男はすでに死亡……まさか共犯者が……? 捜査本部が設置されるも、再び未解決のまま解散。
しばらくのち、5年前の誘拐事件の捜査資料が漏洩する。なんと沢村は漏洩犯としての疑いをかけられることに。
果たして沢村の運命は、そして一連の事件の真相とは。
組織に翻弄されながらも正義を追い求める沢村。
警察官として、ひとりの女性として葛藤し成長していくーー。
博士号を持つ女性が警察官となるのですが、とくに博士号を持っている部分が活かされていたようには思えません。ところどころでこのネタが入ってくるものの、雑に絡めた印象が……。
この本は警察事情よりも、「誘拐事件の謎」を楽しむべきものです。
誘拐事件が未解決となります。事件当時、警察は犯人とされる男を追いました。追い詰められた男は死亡。そして子どもは戻ってこない……。多くの人が忘れぬ事件となった島崎陽菜ちゃん誘拐事件。ところが、今になって成長した陽菜ちゃんが遺体となって見つかります。
生きていたのか。どこにいたのか。なぜ殺されたのか。
この謎の牽引力だけでも読ませる話のはずなんですが、ストーリーが盛りだくさん過ぎて焦点がちょっとぼけたかな。
このあたりが評価されたのでは?
一番は「誘拐事件の謎」だと思う
未解決となった誘拐事件。成長した少女が殺人事件の被害者として発見された……。犯人の男は死んだはずなのにどうして?
この謎が強すぎると思います。かなりインパクトがありますし、結末も面白いです。このネタだけで乱歩賞を獲ったといわれても驚きはしません。
このラインだけ追って読むとすごく面白かったです。殺人事件があっさり閉じ(未解決のまま)、警察組織の話になったのがほんとうに残念だった!
警察小説で女性が主人公
さらに博士号取得者で、作者も女性。多数の応募作にこれがあったら目立つと思います。女性視点で書かれた、モエ系でない女性が主人公の作品は、それだけで目立つと思います。
さらに、女性vs女性がけっこう多い。そして、それがすごく自然な女性キャラとして仕上がっているように思いました。
三人称多視点作品なので、女性主人公がすごく成功していたというわけでもないんです。でも、女性を変に盛らない女性主人公の警察小説で、さらに女性vs女性はけっこう新鮮に感じました。
主人公の成長物語
成長物語ではあるんです。迷いを感じていた女性警察官が、過去・現在と向き合い成長していく。この部分は賛否両論あると思うんですが、新人賞の予選段階ではプラスに働くんじゃないかなと思います。
ただ、個人的にはあまり成長物語には読めなかったです(^_^;) でも、過去と折り合いを付けていく話ではあるので、この手の展開はやっぱり強いんだろうなと思いました。
選評でいうほど文章は気にならなかった
選評では文章がひどい的な書かれ方をしていたんですが、それほど気になりませんでした。直したんだろうとは思います。
逆にいうと、文章はうまいほうがいいけれど、ある程度書けていれば受賞できるんだろうなと思いました。ただ、指摘すれば直せるだけの文章素養があることは必須なのだろうとは思います。
個人的に気になったところ
盛りだくさんすぎる
盛りだくさんでも、その全てがすべておもしろければいいのですが……。「誘拐事件の謎」がかなりよかったので、「捜査資料の漏洩」に大きくページが割かれたのはもったいなかった気がする。誘拐事件をよりメインに据えて、謎が謎を呼ぶ展開に構成されていたらよかったのになとは思います。個人的には、傑作になったのではと考えています。
謎はぶつ切れで、話がじゃんじゃん進んでいく感じなので、もっと整理できたのではと思いました。とくに、せっかくの「謎」が次のエピソードでぶつ切れになってしまうのはもったいないかなと思いました。
構成はもっと練れたのでは?
三人称多視点で進むので、正直なところ「女性警察官(主人公)の成長」や「活躍」がちょっと薄くなった気も。主人公と他視点という感じで、他視点が薄いわりに、主人公視点が食われてしまうという……。三人称多視点による相乗効果がないのはもったいなかったかなと思います。
今の構成は、作者が必要だと思ったものを、思いつきのまま入れている感じです(視点人物も必要があってというより、その人が書きやすいからといった感じ)。
犯人の落とし方が弱い
推理小説としてみると、最後の犯人の落とし方が弱いです。明確に「これ」と突きつけて、鮮やかに落とすって感じではありません。これというのは物証だったり、なんらかのロジックだったり、思いもよらない証言(失言)だったり、なんでもいいんです。
ただ、最後が推理小説として考えるとちょっと弱いかなと思いました。
おわりに
面白かったかといわれれば、面白かったです。でも、とにかくずっとドタバタしていた印象が拭えないです。もっと整理して、誘拐事件が主軸になっていたらとは思います。逆にいえば、誘拐事件の謎提示、謎解きがかなりよかったんです。謎の見せ方、犯人の落とし方には問題があると思います。