第11回(2020) 小説野性時代新人賞『化け者心中』考察

小説投稿と通過,新人賞受賞作

発売から1月くらいで、3刷! 売れているようですね。

ただいま3刷りもかかっているので、まもなく、在庫も
復活するかと思います。。
お待たせしてしまってごめんなさい。

角川さんのTwitterより

ということで、個人的に「これが受賞の理由かな?」と思うものを記してみます。あくまで、私がそう思ったというだけなので、正解かどうかはまた別の話!(でお願い申し上げます)

表紙が印象的ですね。本屋でも目立ってました!

作品のあらすじは?

時は文政、所は江戸。当代一の人気を誇る中村座の座元から、鬼探しの依頼を受け、心優しい鳥屋の藤九郎は、かつて一世を風靡した稀代の女形・魚之助とともに真相解明に乗り出す。しかし芸に心血を注ぐ“傾奇者”たちの凄まじい執念を目の当たりにするうち、藤九郎は、人と鬼を隔てるもの、さらには足を失い失意の底で生きる魚之助の業に深く思いを致すことになり……。
善悪、愛憎、男女、美醜、虚実、今昔――すべての境を溶かしこんだ狂おしくも愛おしい異形たちの相克。

(『化け者心中』表紙カバー帯の紹介文より)

中村座の新しい芝居、中心となる6人が揃ったところで一人の頭がごろりと落ちる(暗転)。ところが、灯がついたら、6人の頭すべてが揃っていたと。鬼になったのはだあれ?

元人気役者の魚之介と、鳥屋の藤九郎が鬼探しに乗り出す……といったのがあらすじ(のはず)なんですが、そんなに簡単な筋ではありません。

むしろ、鬼探しは付録で、「芸にかける執念」と「魚之助の生き方」のようなものがメインなかんじです。

このあたりが評価されたのでは?

作品世界にあった独特の文体

森見先生が帯に「こんなぴちぴちした江戸自体、人生ではじめて読んだのである」とお書きになっているように、ちょっと独特な文体です。作品世界に非常に合う、江戸を思わせる文体とリズムが印象的。正直、江戸の話にこの文体なら、これだけで上位選考まであがりましたといわれても驚かないです。そのくらいすごいなぁと。

ただ、読みやすくはなかったです。文体が独特で、時代小説に特有の見慣れない単語がでてくるせいではありません(たぶん)。

人物名(などの主格)を隠してあることが前半に多い。
 たぶん、わざとだと思うんですよ。人物が大量に出てくるので混乱するだろうとの配慮か、はてまた江戸を思わせるようにと思ってか。
 300ページに満たない、芝居小屋中心の物語で、なんで人物一覧があるんだろうと不思議だったんですが……いる。これは付けた人のグッジョブだったと思う。
 前半がそうだった分、後半はどんどん読みやすくなりました(その分、独特のリズム感も薄れましたが)。

文章が飛ぶ!(どう説明していいものやら)
 うまくいえないんですが、なんか飛ぶんですよ。映像ならぽんぽんと飛んでも気にならないんですが、小説だと流れが切れるというか。
 ただ、これがまた逆にリズムを生み出しているようにも思うので、一長一短なのかも。

この読みにくさのようなものに改良の余地があるのか、それともこれがスペシャリティを生み出しているのか、私ごときでは判断できないレベルです。普通、もしくは読みやすく端正な小説の中にこれが入っていたら、もうそれだけでインパクト大って感じです。

タイトルがきちんと回収されている。

タイトルが「化け者心中」しかないなというくらい、回収が素晴らしい。そのため、ラストを読んだときの満足感があります。

魚之助と藤九郎の関係に動きがある(成長?がある)。

女形で、日常生活でも女性のなりをしていた魚之助に対して、藤九郎の感じ方が変化していきます。逆に、魚之助は足を失って舞台には立てないのに女が板に付きすぎてしまっているんですが、その気持ちの動きも描かれます。魚之助に影響をあたるのは藤九郎です。

こういう、感じ方、考え方の変化というのは、多くの新人賞で「評価されているポイント」だと思います。互いに影響を与え合うというのもプラスポイントだと思います。

すべてが「芸への執念」に収束する。

ようは、ストーリーとテーマがよく噛み合っていて、わかりやすいのです。作者が書きたいことが絞られていて、しっかりフォーカスが当てられているので読み応えがある(が、芸の執念だからで片付けてしまいがちなので、人によっては「……?」となる可能性はあります)。

江戸文化が丁寧に描かれている。

私は江戸時代にうといので、これがどこまで忠実で、それらしいのか判断はできませんが、ものすごく江戸らしい感が漂っています。芝居への熱狂というのがものすごく伝わってくるんです。作者が、大学で「化政期の歌舞伎を卒論テーマにしている」みたいなので、江戸という時代がいきいきと書かれています。

鬼の入れ替わりが、インパクト大

もっと早くにこのシーンが入ってきてもよかったんじゃと思うほど、インパクトがありました。

謎としても、映像としてもインパクトが大きいので、これで作品をラストまで引っ張っていけます。誰が鬼なのかが気になるのです。一部でミステリ的な作品という評がありますが、間違ってもミステリだと思って読まない方がよいです。ミステリ色はものすごく薄い。

売れているみたいですが、どうして?

新人賞受賞作だからといって売れるわけではありません。「こんなおもしろいので、なんで売れないんだろう」と思う作品だってあるわけです。そこで、短期間で3刷までいった理由を考えて見ました。

もちろん、出版社の後押しもあるとは思いますが、新人賞受賞作なんだからそこは当然ってことで。

作品がよかった

とは思うのですが、読みやすいかというと。正直、私は新人賞受賞作でなかったら本屋で棚に戻していたかもしれない。最初の数ページは「おっ」と思ったのですが、そこを超えたあとが「鬼の入れ替わり」までうまく乗れなかったので。

ただ、文体、鬼の入れ替わりのインパクト、テーマとストーリーの融合、タイトルの回収。とてもレベルが高い作品だと思います。新人賞を目指す方は、文体、テーマとストーリーの融合、タイトル回収の三つは、チェックすべきポイントだと思います。「芝居への執念」にしっかりとフォーカスがあたった作品なので、よい意味でまとまりもいいんですよね。

あとはもう、ほんと好き嫌いだと思います。読む人を選ぶ作品だとは思うんですが、逆に言えば、刺さる人にはすごく刺さる作品だと思います。そして、好きな人はひたすら好きだと思う。

表紙絵が人気の作家さん

紗久楽さわさんという、マンガ化さんです。一般的な人気というより、コアな人気のある方のようですね。Twitterを見ていると、「紗久楽さわさんの絵を見て、買ってしまった」という呟きもあります。そして、こうやって購入した読者さんには、合うようなんですよ。

この作家さんを選択したのも、成功の一つかもと思います。

ちなみに、本の作りがよくて、デザイン性やセンスがとてもいいんですよね。編集さん主導ですすめたのであれば、いろんな意味で編集さんグッジョブだと思う!

(ただ、まあ校正スルーしているところもあるんだけど……初版を読んだので二刷から直っているかも? 最近、角川さん酷くないか?)

ボーイズラブっぽい(ボーイズじゃないしね)のかな?

三浦しをんさんの作品でうっすら匂いたっていたり、本屋大賞の凪良ゆうさんが書かれていたりする、男性同士の恋というやつです。

役者小屋(江戸)なので、男性ばかりなわけです。ですのでこのエッセンスがちょっとあります。陰間や陰間茶屋というのは文化史的にも知られていることで、こっちは出てきて当然レベルしか入っていない。

むしろ、人によっては魚之助と藤九郎の間などに感じるんじゃないかなと。

初っ端、藤九郎さんは女の子といいかんじなんですけどね。

個人的に引っかかったところ

書かずにおこうかとも思ったんですが、追記しておきます。

個人的に引っかかってしまったのは、「芝居への執念」でアホみたいな犯罪が起こる点です(注:鬼の入れ替わりではありません)。「芝居にかける思い」や、それがもとで事件が起こるんですが、これが納得できるかで評価が大きく変わるのではないかと。なんというか、作り物過ぎる感じがするし、テンプレな感じですし。

そのため、ヒリつくような執念というのを感じなかったんです。理不尽で、意味不明なのに、すごみを感じるというか。まったく理解できないのに、納得できてしまうような。そういうものを感じなかったのです。

「執念」に取り憑かれた役者たちが、後先考えられない人たちばかりで単調なのが原因かもしれません(魚之助の後先考えない様はよいと思う)。もう少し考えて行動したり、狡猾だったり、バリエーションにとんでいるとおもしろかったかも。

また、魚之助の執念はよく描かれているわりに、「?」という行動をしがちなんです。うまく歩けないので、藤九郎の背中におぶわれて芝居小屋にいくというのが、のっけから個人的には「?」でして。女形さんで、ファンもたくさんいるところなので注目されるのにおんぶで。駕籠を使うか、「意地でも歩くわ、ぼけ!」とかいって揉めたほうがまだ理解できるんですよね。この手の小さな違和感が重なって、魚之助の芸への執念がぼけてしまいました。

そういうわけで、個人的には「芸への執念」については、あんまりピンとこなかったんです。「執念」がみょうに軽やかに感じられたからだと思います。

あと、とある○については、ほぼ毎日マッサージを受けているはずなのに……そっちには見せてもいいんかーいと突っ込みたくなった。

おわりに

加点がいっぱいある作品だったんじゃないかなと思います。

正直、ストーリーを読んだというより、芝居を見たって感じの作品です。ようは広大に広がる世界に立つ人々の物語というより、芝居小屋という狭い世界を精一杯に広くつかって尖って見せた作品というかんじです(わかって貰えるでしょうか?)。うまくいえませんが、大きな動きがある物語ではないんです。

好きな人はすごく好きだろうなと思える作品で、独特のセンスがある作家さんだと思います。

野性時代新人賞が好きそうな作品だと思いますよ。

おもしろかったかといわれると、ストーリー的にはどれも予定調和的で(役者の執念や、鬼探しなど)驚きはなかったです。ただ、とにかく江戸らしいのっけの文体と、タイトルの回収が素晴らしかったと思います。

あっという驚きを求める読者さん向きではないかもしれません(ほんとミステリ要素があると思わないで。鬼への入れ替わりのインパクトが大きすぎて期待しすぎてしまうじゃないか!)