第127回(2021)文學界新人賞『N/A』考察
「6人の選考委員が満場一致で推した大型新人誕生!」
触れ込み通りの評判で、2022年上期の芥川賞候補となりました(発表直前のこの記事を書いています)。さて、今回の芥川賞は候補者全員が女性ということで注目されています。
「N/A」が文學界受賞作、同じく候補の「家庭用安心坑夫」が像新人文学賞受賞作です。純文学を目指す方は注目の2作ですね。
※ちなみに、今回は高瀬隼子「おいしいごはんが食べられますように」が受賞しました。
作品のあらすじは?
選考会で異例の満場一致!
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松井まどか、高校2年生。
うみちゃんと付き合って3か月。
体重計の目盛りはしばらく、40を超えていない。
――「かけがえのない他人」はまだ、見つからない。
優しさと気遣いの定型句に苛立ち、
肉体から言葉を絞り出そうともがく魂を描く、圧巻のデビュー作。
N/Aとは、「Not Applicable」の略。「該当なし」とか「利用不可」等の意味で使われる略語です。Excelのエラーメッセージとして出てきますが、あれも「参照されている値が見つかりません」の意になります。
今回は、「該当なし」の意味で使われているようです。
まどかは「女子校で王子様扱いされる女子」。いわゆる「カテゴライズ」に抗う、高校生まどかを描いた作品です。
LGBT・SNS・拒食症・生理……よく見かけるテーマが目白押しですが、扱い方がうまいなと思いました。
このあたりが評価されたのでは?
高校生の活写がうまい
「らしい」高校生ばかりで驚きました。各キャラの書き方、設定がうまいと思います。主人公よりもまわりのキャラのほうが味があり、とてもよかったです。台詞回しも高校生らしい感じが出ていて納得感が強かったです。
とくにいいのが、翼沙がまどかに打ち明け話をする場面。ある忠告をしようとするのに、どういえば傷つけないか、言葉は正しいかという迷い、自分の気持ちが伝わっているかという不安、それらがとてもよく伝わってきます。そういう会話や描写が活きていると思いました。
うみちゃんの描き方とLGBT
SNSでの承認欲求や、ヒロインぶるところが、非常によく出ていたと思いました。うみちゃんの主張が悪いわけではないんです。その主張はよくわかる。
おそらく新人賞の応募作にLGBTを書くなら、おそらくうみちゃん視点になるのかなと思うんですよね。マイノリティに対する配慮からか、よく書こうとするケースが多いように感じます。ですが、今回の作品は、うみちゃんをとてもフラットに書かれているのがよかったです。
テーマが1本ではっきりしている
使われているアイテムは多いんですが、テーマは一本ではっきりしています。
日本はとくに「レッテル貼り」「カテゴライズ」「ラベリング」が好きで、それに対して、「私は私」と主人公が苛立ち、戸惑う内容。そこにブレがなく、高校生の生活を通してうまく描かれていてわかりやすいです。
感想が書きにくい
内容について語ろうと思うと、「誤解して欲しくないんだけど」と頭につけてしまいそうになります(まるで翼沙のようだ)。率直に語れば、正しく意図が通じない相手から「配慮にかけている」といわれそうです。
逆にいうと、それだけ力のある内容になっていると思います。
ということで、私も率直な感想が書きにくいです。一歩間違えば批判を浴びても仕方ないような失言(失書)をしてしまいそうで怖いです。
個人的に気になったところ
テーマがはっきりしていて、それに対していくつものエピソードが用意されています。エピソードによっては掘り下げ方が弱いものもあったかなと。エピソードによっては、これいる?と思ってしまうものもあり、すごくいいエピソードとそうでないエピソードの落差を感じました。
また、主人公が女子校で王子扱いされている設定が浮いているように感じました。ただ、作者が「主人公は男女のラベリングも厭うている」と設定し、だからこその「中性的外見」を作ったと見るのであれば、正しい設定なのかもしれません。
王子設定はある種のラベリングとして入れたのだろうと思います。ただ、私には余計に雑音に感じられました。というより、うみちゃんとの関係がぼけた感じがあります。この設定ををどう取るべきなのか迷いながら読み、今も答えは出ていません。
おわりに
全体的にすごくよかったです。「よくあるテーマを視点を変えて書く」のお手本だと思うので、純文学を志望している人は絶対に読むべき一冊だと思います。