第12回(2021)小説野性時代新人賞『君の顔では泣けない』考察
本作は著者のデビュー作ながら、各方面から熱い反響が殺到したため、発売前に重版が決定しました。
https://www.kadokawa.co.jp/topics/6447
とのことで、2021年の話題作の一冊になるんでしょうか。昨年の野性時代新人賞は『化け物心中』。こちらもタイトル回収がうまかったですが、今回もタイトルが秀逸です。
ちなみに、応募時点のタイトルは『水平線は回転する』。こっちのタイトルも理解はできるんですが、『君の顔では泣けない』のほうが、作品を表しているなぁと思いました。
作品のあらすじは?
圧倒的リアリティで「入れ替わり」を描く小説野性時代新人賞受賞作!
Amazon『君の顔では泣けない』
高校1年の坂平陸は、プールに一緒に落ちたことがきっかけで同級生の水村まなみと体が入れ替わってしまう。いつか元に戻ると信じ、入れ替わったことは二人だけの秘密にすると決めた陸だったが、“坂平陸”としてそつなく生きるまなみとは異なり、うまく“水村まなみ”になりきれず戸惑ううちに時が流れていく。もう元には戻れないのだろうか。男として生きることを諦め、新たな人生を歩み出すべきか――。迷いを抱えながら、陸は高校卒業と上京、結婚、出産と、水村まなみとして人生の転機を経験していくことになる。
男女入れ替わりで元に戻らないというのはかなり珍しいと思います。高校生男子がクラスメートの女子と入れ替わり、その状態で15年を歩むだけ。いやほんと、これ以上の説明ができない作品だったりします。
このあたりが評価されたのでは?
新たな入れ替わりもの
入れ替わりなのに元に戻らない。それが目新しくうつったのではないかと思います。
正直、元に戻ろうと必死で努力したり、入れ替わった理由を探したりといったストーリーがほとんどないです。その点も目新しいですね。ただ、たんたんと陸(体はまなみ)の気持ちが描かれていくだけ。全体的にすごく小説的リアリティがあります。
あんまり色々うまく行き過ぎているのが気になるといえば気になるんですが……実際に入れ替わりがあっても(誰も信じないし、疑わないので)、本作のように「ちょっとした違和感」でスルーされるんだろうなと思いました。
視点を陸一人に絞ったこと
体が入れ替わったことによる戸惑い、連帯感というのはこれまでにも書かれてきました。今回は、水村まなみの中から坂平陸がひたすら語るだけという構造がすごく評価されているのではと考えています。
ストーリーに緩急もあまりなく、たんたんと進んでいくんですが、陸の感情が丁寧に描かれているのがすごくよかったのではないかと。多くの読者が「わかる」と思う様々なことがほんと丁寧に描かれています。
個人的には、まなみのほうが諦めがよく、「男」をうまく使えている点もリアリティを感じます。これも、実際のまなみの感情はわかりませんが、陸視点ではそう見えるという設定が秀逸です。
入れ替わりものは姿と中身が違うため、作品に入っていくまでどっちがどっちか混乱してしまいます。しかし、陸一人に絞ったことで、読んでいてすごく楽です。これどっちの視点だというのがあまりなく、物語に入っていきやすかったです。
物語中はほぼ苗字が使われているので、たまにあれどっちだっけ?と混乱することはあったんだけど……。
ストレートでわかりやすい
これは賛否ありそうですが、非常にストレートでわかりやすいです。ストーリーがとにかくわかりやすく、「君の顔では~」のタイトル回収まであんまり起伏がないです。そのため、盛り上げたい部分も明確で読みやすい。加えて、陸がわりとストレートな感情表現をするので、とにかくわかりやすいです。
「君の顔では~」の言葉がよかった
タイトルがすごく効いています(応募時点では違うタイトルなんですが、この言葉が印象深く使われていて頭に残ります。逆に言うと、このタイトルくらいしか残らなかった(私には)……。
個人的に気になったところ
実は、森見さんの選評と似たようなことを思いました。
もっと面白くなるポイントがあったんじゃ……と思わずにはいられない(仕掛けがあるとか、仕掛けを作らなくてもなにかあれば)。ただ、エンタメ度を上げると、辻村さんが評価しているポイントは薄れる気はします。そのため、作品としてはこれがベストだったのではないかと思います。
もっと端的にいうと、読者の好みによってかなり印象が左右される作品ではないかと思いました。「わかる」「あるある」と納得できる人にとってはすごく面白い作品だと思うんですが、感情移入できないと今一つ乗れないかもしれません。ただ、これが賞を取ったのは理解できるし、面白い視点で書く作家だなと思いました。
今回、辻村さんがむっちゃ推している印象なので、辻村さんの作品が好きな方には合うんじゃないかと思います。
おわりに
前回の「化け物心中」のときも思ったんですが、野性時代はストーリーや登場人物の感情がわかりやすい作品が取っているように思いました。
「わかりやすさ」「共感性」をすごく重視している気がしています。
「化け物心中」がかなりプッシュされていましたし、本作もわりとPRされているように思います。その前にデビューした岩井圭也さんも、新潮社から出た「水よ踊れ」が好評です。これまで、芦沢さん(文学賞の常連)と篠原さん(人気のファンタジー)くらいしか本屋で名前を見かけることが少なかったんですが、今後要注目の賞かなと思っています(そもそも大賞が出ないことが結構ありましたしね)。