第11回ハヤカワSFコンテスト特別賞『ここはすべての夜明けまえ』考察

小説投稿と通過,新人賞受賞作

今年、発売前から話題になった受賞作です。Amazonのレビュー数も多く、ハヤカワ編集者のXへの投稿とそれを見た応募者や読書家によって、受賞発表前から話題になっていた作品です。

web記事に『SFマガジン編集長の溝口氏は読了後、SNSに「ちょっと信じられないような小説と出逢ってしまった」とその驚きを投稿』と記載され、例の話題作=『ここはすべての夜明け前』と確定されました。

なお、溝口氏は次のようにも語っています。

「最初に読み始めた時は、『アルジャーノン~』をはじめ、こういう書き方をしたがる人っているよねと思いました。この手法で新人賞に送られてくるような作品は大体成功しないんです。考えていることに筆力が追いつかない。同作も果たしてこのテンションで最後まで書ききれているのか、半信半疑で読んだのですが…いい意味で裏切られました。見事に、これまで見たことのない境地にまで連れて行かれました」(溝口氏/以下同)

「この手法で新人賞に送られてくるような作品は大体成功しない」と記載されていますが、小説投稿者にはわりと重要なメッセージだと思います。

その語り口がなぜ必要か、(読みにくい)平仮名ばかりの語り口でわかりやすく書く力があるかなど、普通の文体で書くよりも問われる部分が多いように思います。


ちなみに、このときの大賞受賞作はこちらです。大賞はSFらしい作品でした。

宇宙連邦創成期に発見された十五兆標準太陽質量の超巨大ブラックホール〈ダーク・エイジ〉。それが人工物であるらしいことをつきとめた連邦の科学者たちは、地平面探査基地(プラットフォーム)〈ホライズン・スケープ〉を建設し特異点の調査を開始する。分断された右脳に伝説の祖神を宿すヒルギス人の狙撃手・シンイーは、過去・現在・未来を見通す力を持つパメラ人の少年・イオとともに、別の宇宙へと続く〈門(ゲート)〉の探索を続けている。時空のゆがみにより周囲の時間からそれぞれに取り残されていく二人を襲撃するものの正体とは?

https://www.hayakawa-online.co.jp/literary_prize/sf

作品のあらすじ

2123年10月1日、九州の山奥の小さな家に1人住む、おしゃべりが大好きな「わたし」は、これまでの人生と家族について振り返るため、自己流で家族史を書き始める。それは約100年前、身体が永遠に老化しなくなる手術を受けるときに父親から提案されたことだった。

https://www.hayakawa-online.co.jp/literary_prize/sf

『ここはすべての夜明けまえ』はSF色は薄めです。日本ファンタジーノベル大賞の受賞作といわれても納得するような雰囲気です。

2023年の「三島由紀夫賞」の候補に選ばれており、SFでありながら、純文学寄り。さらに純文学というにはエンタメで読みやすいという、いろんな部分のいいとこ取りをした作品です。

はじめはほぼ平仮名からはじまり(『アルジャーノンに花束を』のように)、成長に伴って文章が洗練されていきます。ただ、この平仮名ばかりの文が読みやすくてよいです。さらに、平仮名で読みにくい文章なのに情報量も多く、微妙に不足があるのでリーダビリティが増すという冒頭でした。

話は短めですが、作中の時間経過は長いです。冒頭にあるように描かれているのは「かぞく史」ですが、家族のみで閉じるわけではなく、外へと広がっていきます。

読みやすく、わかりやすく、でもやはり純文学っぽい(なんとなく深い)といった独特の作風で、若い世代に響く新鮮なSF作品だと思います。

このあたりが評価されたのでは?

作品としての力

とくべつ新しい何かを感じたわけではありません。

この手の書き方(平仮名からはじまり成長)は、超有名作品である『アルジャーノンに花束を』があります。内容も目新しいエピソードやSFガジェットがあるかというとそうでもないです。

ただ、SF、純文学、エンタメのいいとこ取りをして描かれており、ジャンルを超越した作品のため、目新しさではなく「新しさ(のようなもの)」を感じます。

SF色は薄いですが確かにSFであり、純文学的な文芸作品でもあり、エンタメ的なストーリー・セカイ(とくに後半)もあるのです。

読んでいて何らかの新しさ(のようなもの)を感じる作品でした。

エモい

個人的にはセカイ系の作品だなと思いながら読みました。かなり前に流行ったセカイ系やディストピア系のアニメを文学的に仕上げるとこうなるのではないかと感じました。

セカイ系(やディストピア系)における、切ない系のエモさを持つ作品です。「エモさ」というのは売れる要素の一つなので、注目されるのも当然ですし、編集者が推すのも当然だと感じました。

読みやすさ

文学的でありながら、とても読みやすいです。

さらに、わりとしっかりしたストーリーラインがあるので、純文学が苦手な方にも入り込みやすいです。かといって、純文学が好きな方が読んでも読み応えがあると思います(好き嫌いはあると思うが)。

また、行間が素晴らしいです。正確に読み取れているか自信はありませんが、行間を読むほどに作品世界へ没入していく感じがします。読書家にとっても読み応えがあると思います。

タイトルがいい

タイトルが作品にぴったりと合っていると思います。むしろこれしかないと感じました。

個人的に気になったところ

特にないですが、強いていえば合う合わないは大きい(かもしれない)

好きな人は好きだろうと思いますし、合わない人も少なくないと思います。

とくに冒頭の平仮名ばかりの文体が読みにくくて拒否する人や、ラストのセカイ系へのわかりやすい流れをイマイチと感じる人もいると思います。

ただ、「合う合わない」の振れ幅が大きい作品は売れる要素の一つだとも思うので、ここも本作の強みかもしれません。

SFを期待して読んではダメ

SFを期待して読むと肩透かしを食うかもしれません。

SFではありますが、出てくるSFガジェットに目新しさはまったくありません。どこかで見た感じのガジェットばかりなので、そこを期待する層には合わないと思います。

また、ハードSFが好きな方も、期待して読むと肩透かしかもしれません。

まとめ

本作については、読まないとわからないとしか言いようがありません。

目新しさがあるわけではないのに新鮮さを感じる作風で、とても面白かったです。