第40回(2020) 横溝正史ミステリ&ホラー大賞『火喰鳥を、喰う』考察
題40回とはいいますが、横溝正史ミステリ大賞と日本ホラー大賞が統合してからならば、第2回です。第1回が「大賞なし」だったため、今回の大賞にはKADOKAWAの期待が込められまくっている気がします。
大賞 『火喰鳥を、喰う』(『火喰鳥』を改題) 原浩さん
読者賞 『ナキメサマ』(『くじりなきめ』を改題) 阿泉 来堂さん
選評を読む限り、ミステリ2編、ホラー2編の計4編の戦いだったようですが、結果的にホラーがW受賞。頑張れミステリ勢!! 綾辻先生が、「次回はぜひともミステリの(できれば本格ミステリの)傑作と出会いたいものである。」とお書きになっています。
『ナキメサマ』はまだ拝読していないので、『火喰鳥を、喰う』について感想を書いていきたいと思います。
作品のあらすじは?
信州で暮らす久喜雄司に起きた二つの異変。ひとつは久喜家代々の墓が何者かによって傷つけられたこと。もうひとつは、七十年以上前の死者の日記が届けられたこと。日記には太平洋戦争末期に戦死した大伯父の、生への執着が書き記されていた。そして日記が届いた日を境に、久喜家の周辺では怪異が起こり始める。日記を発見した新聞記者の狂乱、雄司の祖父・保の失踪。そして日記に突如書き足された、「ヒクイドリヲ クウ ビミ ナリ」という一文。雄司は妻の夕里子とともに超常現象に詳しい北斗総一郎を頼るが…
Amazonより
物語の立ち上がりはわりとのんびりしていて、雄司が出張から帰ると、悪戯があった(墓から大伯父の名が削り取られていた)ことを報告されます。この大伯父は戦争で亡くなっているのですが、新聞社が現地で見つけてきたという大伯父の日記が届けられるのです。
ここから始まる怪異。まずは、義弟(大学生)が「ヒクイドリヲ クウ ビミ ナリ」と無意識に日記に書き込み、新聞記者の狂乱、祖父の失踪、大伯父の部下(生きていた)の家が火事に……。
何故、怪異が起こるのか……その理由がわかった瞬間から、一気に物語が面白くなりました。
このあたりが評価されたのでは?
個人的に、一番はネタ(アイディア)だと思う
本作はホラーです。怪異が起こり、それと戦う主人公たちという、わかりやすいホラーの構図をしています。が、後半でこれが裏切られます(ネタバレなしにいうなら、実は……という目新しいネタが放り込まれます)。このアイディア一本で最終まで来たといわれても驚きません。
どんでん返しでもなく、ホラーがホラーでなくなるわけでもないんですが、本作の印象が一気に変わります。
(以下アイディアについて記していますが、多少のネタバレありますので、読みたい方だけ反転)
「怪異vs主人公たち」だったものが、「怪異&それを操ろうとする人vs主人公」という形に変化するんです。ようは、日記の力(現実を書き換えようとする)を使って、ある人物が現実をねじ曲げようと画策していることが判明します。このアイディアが秀逸過ぎました。アイディアはすごくよかったのに……見せ方がもっとあったはず!!(と、管理人はマジ泣きしています。これ、マジで傑作中の傑作になったはずなのに!)
ホラーとミステリがうまく融合している
ホラー作品ですが、ミステリ的な仕掛けもあります。どちらがなくなっても作品が成り立たちません。うまく融合しています。ミステリ部分がとって付けたような感じではなく、しっかりと作品を作るピースの一つになっています。
読みやすい
文章が簡潔で、描写が適切なため、とても読みやすいです。続きが気になりますし、さくさく読めてしまうのでとまりません。
選評に「怖くない」とあったようですが、文章がわりと爽やかな雰囲気のせいかもしれないと思いました。個人的には軽すぎず、重すぎずで、読みやすくていいと思います。
個人的に引っかかったところ
一番は、ミステリ部分の作り方でしょうか。正直、ここがもっとうまく描かれていたら、傑作だったと思います(ラストで賛否が分かれそうですが……)。実は選評に、「大賞として出すか迷った」的なことが書かれていまして、このミステリ部分の書き方次第では、評価がもっと上がっていたんじゃないかと思います(素人がすみません……)。
(核心のネタバレがあるので、読みたい方だけ反転願います)
ミステリ的な部分のアイディアにおいて、途中で「お前を信用できない」、「あいつは怪しい」となるんですが、ここでほぼ明かされてしまった狙いや動機がそのまま答えになっちゃうんですよ。いや、読者は確かに気づくけど、あからさまに書きすぎでは?と。ここまで書くなら、もっと別の狙いがあるんじゃないかと疑うじゃないか!!!
また、展開は早く、文章も簡潔で分かりやすいので読ませます。早いし、読ませるんだけど……ある意味、展開が遅いようにも思います。一般的なホラーは、どうして怪異が起こるのかを調査していくものなので、そうなるのも仕方ないんですが、本作のキモはそれだけではありません。そのため、どうにも展開が遅いという印象を持ってしまいます。
このキモ(ネタ、アイディア)が秀逸だったため、もっとこの部分を書いてほしかったなと個人的には思います。
おわりに
個人的にはとても楽しめました。ミステリーとホラーの融合と考えると、うってつけの本作。ミステリ部分の描き方にもう一工夫あったならと思わなくもないです。
あと、ラスト付近は、書き急いだ感が強いです。どう落としていいかわからず、逃げた感じがしています(個人的な印象です)。
作品自体はおもしろかったし、半ばから、ラスト直前くらいまでのリーダビリティは素晴らしかったと思います。読ませる作品であったことは間違いないので、返す返すもミステリ部分の描き方が惜しかったです。
なお、最後に選評が掲載されていたので、さらに楽しめました。某先生……別に何かに例えて評を書かなくてもいいんじゃないかなと思わずにはいられなかった。他の娯楽に勝たねば専業作家で生きていけない的なことが書かれていて、その点はよくわかるんですが。だからって飲食店に例える理由にはならないと思うんですよね。