第20回(2021)『このミステリーがすごい!』大賞『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』考察

小説投稿と通過,新人賞受賞作

2年連続で、法律系の強い女性が主人公ってことで、「よっぽどおもしろかった」か、「二匹目のどじょう狙いか」と発表直後からとても気になっていました。

なんというか……。このミスに応募を考えている人はこれ読んだ方がいいと思います。というのも、この感じの作品が受賞するのであれば、「普通の良質なミステリーを出すのは不利」だと思う。良質なのは、やはり乱歩やアガサ、もしくは本格なら鮎川を狙った方がいいと思いました。

まあ、21回の受賞作を見てからの判断でもいいと思いますが、完全なるキャラ小説の賞になったなという印象です。

作品のあらすじは?

第20回『このミステリーがすごい! 』大賞受賞作は、現役弁理士が描く企業ミステリーです! 特許権をタテに企業から巨額の賠償金をせしめていた凄腕の女性弁理士・大鳳未来が、「特許侵害を警告された企業を守る」ことを専門とする特許法律事務所を立ち上げた。今回のクライアントは、映像技術の特許権侵害を警告され活動停止を迫られる人気VTuber・天ノ川トリィ。未来はさまざまな企業の思惑が絡んでいることに気付き、そして、いちかばちかの秘策に……!

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特許権をタテに企業から巨額の賠償金をせしめていた(パテント・トロール)が、その経験を活かして活躍するリーガルサスペンスです。

主人公が依頼されたのは、人気VTuberの特許侵害案件。撮影に使っている機材が特許を侵害しているという警告に対応することになります。これに弁理士としての知識を使って対処していく、逆に攻撃を仕掛けていくって感じの作品です。

選評で「専門的過ぎてよくわからなかった(香山氏)」とあるんですが、そこからどのくらい直しているのかは謎です。

特許がすごくわかりやすい書かれている感じではないです。「特許ってなんでもありだな、オイ!」ってくらいの感想しかなかった。通信・機器関連の技術周りは読み流してOKかと思います。こちらはとくに目新しい技術ってわけでもないですし、作中でもかなり流されてる感じです。さらに、コレとアレを組み合わせて使うと特許成立って軽く流してあるので、技術内容がわからんというより「……特許って?」のほうが強かったです。

が、話の筋はシンプルで、法律とか無理、技術云々とか無理って人にも、内容がわからないということはないと思われます。

このあたりが評価されたのでは?

特許関連の内容が新しく見えた

あまり知られていない知識というのは、それだけで面白く見えます。

乱歩賞などで「よく書けたお勉強小説」が一定数受賞していますが、やはり「あまり知られていない世界」はプラスに評価されるのだろうと思いました。選考委員や編集もおそらくは「よくわからないから突っ込めない」んだと思います。そうなると、マイナスポイントがそれだけ減るので、上に行きやすいのかも。

ようやくとったかVTuber作品

ここ数年、VTuberの出てくる作品が通過していたので、そのうち取るだろうなと思っていました。おそらくVTuber作品の中で最も評価されたから最終までいったのでは?と思っています。

このVTuberのトリィですが、まったく人間らしくないです。高性能ロボットというか、ライトノベルの面倒な相棒(または上司)で出てきそうなタイプ。ある意味で、VTuberのキャラがそのまま現代社会に乗り込んできた感じです(VTuberよく知らないけど)。

ライトノベルに振り切った!

ライトノベル作品に振り切ってます。キャラも、文章も、主人公チームの「俺TUEEEEE」感も。いやほんと。ライトノベルに、特許法関連を持ち込んで、通信・機器の専門知識を使って、一般文芸の表紙を付けた感じです。

ライトノベル風なので、いっけん難しい法律関連、技術周りがさくっと流されていくので、作品自体にむずかしさは感じません。

キャラが立ちすぎている!

主人公がギリギリ「キャラ立ちした法律家」としたら、VTuberのトリィはそれの10倍くらい設定を盛ってます。小説でよく出てくる、天才すぎる発明家とか、おかしな探偵はまだ人間っぽいんですが、本作のトリィは人とは思えません。サイボーグで、アニメから抜け出してきたままのキャラクターです。

作者のVTuber愛を感じる

実際のところはどうか知りませんが、作者はこういうネットカルチャー的なものが好きなんだろうなと思いました。描写に愛があふれている気がした。

物語が短い

ものすごく短いです。下限ギリギリだと思われます。物語の最終ページが258で、一般的な作品が1ページに18行なのに対して、これ17行なので、かなり短めの作品だと思います。

大作が多いので、短くて一気に走り切った本作が面白く感じた可能性もあるか?とちょっとだけ思いました。

改行も多いので、これ、読むのに1時間ちょっとしかかからなかったんですよね。

個人的に気になったところ

相手が弱すぎるんですが……

は?と思ったのは、ハナムラから弁理士なり、弁護士なりが出てこないところ。これはライスバレーにもいえます。ハナムラやライスバレーはそれなりの企業です。VTuber側に警告状を出したら、相手の弁理士が乗り込んできたわけです。顧問弁護士なり、契約弁理士なりがいないのかと不思議でしょうがなかったです。

そのため、全編通して、ほぼ弁理士VS会社の社長(役員)といった構図。専門知識VS専門知識というより、専門知識VS多少の知識があるシロウトって感じです。相手が有効な対抗策をしてこないので、このてのリーガルサスペンスの醍醐味、「有能弁理士VS業界の有名弁理士」みたいなワクワク感がない。

まったくない。シロウト相手に無双する弁理士のイメージがぬぐえず……「はいはい俺TUEEEEEね」としか思えなかった。

ご都合主義すぎないか?

くわえて、たまたまトリィが通販で買ったら、それがたまたまヤバイ製品で、たまたまハナムラの特許がどうとかで、たまたまハナムラが……(ネタバレにつき伏せます)というかんじで、「選考委員がいうご都合主義展開が繰り広げられてますけど!?」と突っ込みたくなった。

そのほかにもいろいろ……。そもそも弁理士集団が「やりかたは秘密ですけど手に入れましたよ」と重要書類をあっさり出してくるんで、「……なんでもありだな、おい」と目まいがした。

トリィが人間じゃない

これについては評価ポイントでも上げているので詳細についてはそちらを。私はあまりにもキャラが立ちすぎていて受け入れがたかったんですが、好きな人は好きだろうなと思っています。あまりに設定盛りすぎキャラが苦手な人は、たぶん「……無理」ってなりそう。

もうちょっとどうにかならなかったんだろうか

全体的にもうちょっと手を入れられなかったんだろうかと思います。個人的には、相手がもうちょっと強くて、ご都合主義展開にもう少し必然性があったらと思います。枚数も少ないですし、描写もうっすいので、いくらでも書き足しできたよね?と思うんですが……。

おわりに

このミスって、乱歩賞と同じくらいの作品数が集まっていると思うんですが……もうちょっとこうミステリー度が高い作品はないものでしょうか。

まあ、それをいうと、他の賞でも「これヤバイな」という作品はほとんど出てきていないので、やっぱりそういう候補作がないのかもと思っています。

ここ最近では、『屍人荘の殺人』は確かにほかとはレベル違いにミステリー度が高かったなと思いました。