第32回(2019) 小説すばる新人賞『言の葉は、残りて』考察

小説投稿と通過,新人賞受賞作

第32回の小説すばる新人賞は2作同時受賞。『言の葉は、残りて』と『しゃもぬまの島』というまったく雰囲気の違う作品でした。

『言の葉は、残りて』は源実朝とその妻の恋愛譚。歴史小説であり、正当派恋愛小説という印象です。逆に『しゃもぬまの島』は、荒唐無稽。ファンタジー小説ではあるんですが、マジックレアリスム的な雰囲気もあります。読者を選ぶ作品だなという印象。

まずは『言の葉は、残りて』から、個人的な感想・考察をしようと思います。

『しゃもぬまの島』の感想はこちらから!

作品のあらすじは?

海沿いの地にある鎌倉幕府。美しい景色とうらはらに、そこには陰謀、嫉妬、憎しみが渦巻いていた。そんな中、若き三代将軍・源実朝のもとに、摂関家の姫・信子が嫁いでくる。突然の縁談と異国の地に不安を覚える信子だったが、実朝の優しさと生まれて初めての海の匂いに包まれ、次第に心をゆるしていく。一方の実朝も、信子が教えてくれた和歌の魅力に触れ、武の力ではなく言の葉の力で世を治めたいと願うようになる。しかし、殺戮さえいとわない醜い権力争いが、ふたりを否応なく悲しみの渦に巻き込んでいく―。第32回小説すばる新人賞受賞作。

Amazonより

実朝と、そこへ嫁いだ信子の関係を主に、当時の歴史模様が詳細に描かれる作品です。

実朝の歌人としての一面が強く押し出されています。雅を通して心を通わせていく実朝と信子の恋愛物語が丁寧に描かれています。

歴史模様に関しては、この時代に詳しい人にとっては驚きが少ないかと思いかもしれません。が、そう詳しくない(私のような)人にとっては、「そんなことがあったんだーへー」という驚きもあって、歴史物としても面白いです。

このあたりが評価されたのでは?

言葉、描写、情景。美しさ(雅)へのこだわり

実朝が、信子のことを「御台」ではなく「みだい」とひらがなで呼ぶなど、言葉のセンスが光ります。全体を通して、文章が端正で美しいです。使われている言葉も美しく、丁寧に書かれている印象を受けます。

また、美しく、印象的なシーンが多い。実朝が朝露の中を一人で歩くシーンから始まるのですが、その描写が本当に美しいです(美しいしかいってない……語彙力よ!)。実朝と信子のシーンや、海でのシーンなど、印象的なシーンがたくさんあります。それらの印象的なシーンも、描く力があってこそという描写力です。

歌人である実朝を前面に出しているため、歌を小説で表そうという気概が感じられる作品でした。

実朝をとりあげた点

というのも、有名な戦国大名だったり、源平の有力武将だったりすると、知られすぎています。そのため、「そんな秘密があったのか!」とか「そういう描き方があったのか!」というインパクトがなくてはなかなか厳しいんじゃないかと。有名な歴史小説の書き手に、だいたい描き尽くされていますからね。

その点、源実朝はあまり描かれてはいない! それなのに名前が有名!

頼朝と北条政子の子で、歌人として有名とか、暗殺されて亡くなったなどの情報もわりと知られているとは思うんですけれど影が薄い。この時代、歴史の上では、北条(政子様含む)が強すぎるせいでしょうか。どうも、和歌方面でしか、表舞台に出てこなかった人という印象があります。

それだけ影が薄いにかかわらず、悲劇的なイメージだけは強い実朝。「源実朝」という名に物語性があるんです。この人を取り上げて、丁寧に書ききったところが素晴らしいと思います。

穴がない

インパクトのある小説では決してないんですが、全体を通してマイナス点がないです。

というのも、史実部分が恋愛小説を盛り上げているし、恋愛部分があるからこそ史実の悲劇性が増します。また、実朝がはまっていた和歌をうまく取り入れ、全体としてまとまりのある作品に仕上がっているように思います。

つまり、歴史好きな人にとっては踏み込みが浅いといえるかもしれないし、恋愛部分から見ればバッドエンドなんですが、バランスがいいのでピタっとはまっている感じがするんですよね。

この作品、どっか悪い点を探すほうが難しい気がします。

あえて難点をいうなら

少女小説、少女マンガ風な雰囲気があるため、そういうのがダメな読者には勧められません。実朝の造形とか、少女マンガから出てきた優男風にしか思えない。二人の恋愛も、なんだかおままごとを見ているような感じで、こちらが恥ずかしい……(が、少女マンガ好きな人にははまると思われます)。

また、優等生的な小説なので、大きなプラスもないかわりに、マイナスもなかったのではと推測します(言葉の感性や描写力は大きなプラスだったかもしれませんが)。人から「どうだった」と聞かれたら、「上手い小説だよ」と答えてしまうと思われます。「面白かった」とか、「凄かった」とはおそらく言わないですね。

新人賞の選評で、大きなプラス(インパクト)のある作品を求めている、小さなマイナス(瑕疵)は気にしないみたいな言葉をよく拝見するんですが。総合点が高い小説というのは、やっぱ良作だよなと思うんですよね。でも、新人賞を取るなら「インパクト」と書かずにいられない現状が、ちょっとやるせない管理人です(……はっ、感想ではなくグチになってるじゃないか)。

おわりに

描写の優れた作品です。また、歴史というより恋愛・和歌に主眼を置き、バランスよくまとめ上げた点も素晴らしかったです!

個人的には、様々なシーンで和歌の世界を表現しようとしている点がよかったのではと思っています。それらがうまく印象的に仕上がっているため、非常に美しい小説に仕上がっています。

管理人は恋愛小説がとくに好きではないため、特別押しはしませんが、恋愛小説好きな方はけっこうはまる作品なのではないかと思います。というか、恋愛小説がダメな読者にはなかなか厳しいものがあります。