第32回(2019) 小説すばる新人賞『しゃもぬまの島』考察

小説投稿と通過,新人賞受賞作

第32回の小説すばる新人賞は2作同時受賞。『言の葉は、残りて』と『しゃもぬまの島』というまったく雰囲気の違う作品でした。

『言の葉は、残りて』は源実朝とその妻の恋愛譚。歴史小説であり、正当派恋愛小説という印象です。逆に『しゃもぬまの島』は、荒唐無稽。ファンタジー小説ではあるんですが、マジックレアリスム的な雰囲気もあります。読者を選ぶ作品だなという印象。

ここでは『しゃもぬまの島』から、個人的な感想・考察をしようと思います。

『言の葉は、残りて』の感想はこちらから!

作品のあらすじは?

人を天国へと導く幻獣「しゃもぬま」が、ある日、私の家のドアをノックした――。

待木祐は、「夏みかん」の栽培と、「しゃもぬま」という馬のような動物がいるこの島で生まれた。しゃもぬまは死後必ず天国に行くことから、神聖視されている。しゃもぬまは死期が近づくと、島の人間を一緒に天国に連れて行ってくれることがある。そこから、島の人間で誰かが死ねば、しゃもぬまを葬式に呼び、反対にしゃもぬまから「お迎え」がきたら、誰か一人を死なせる慣習が生まれ、永く島では守られている。今の祐の仕事は、風俗情報誌の編集。ある日、睡眠障害に悩まされ、心身ともに疲弊した祐のアパートに、しゃもぬまがやってきた。困惑しながらも、しゃもぬまを受け入れ、死との共同生活が続くうち、祐は奇妙な白昼夢を見るようになる。また、島にいたころの親友・紫織が家に押しかけてきたのを皮切りに、島の人間も不穏な動きを見せ始める。夢の中に現れる女性の正体、そしてしゃもぬまが迎えにきた人間とは。

Amazonより

「しゃもぬま」が迎えにきた人間とは(上の太線)……とありますが、謎を追うようなストーリーでは決してありません。

物語の前半~中盤は、たいした謎もなく、「しゃもぬま」がなんかきたけど……くらいの感じで、本人も特に慌てる様子がなく日々が過ぎていきます。

ストーリー性もメッセージ性も強くないため、「しゃもぬま」と「祐」の日常、「祐」の過去、それから奇妙な夢を追っていく小説です。追っていった先でようやくストーリーが見えるという感じでしょうか。

過去と現在、夢とが入り乱れて描かれるため、かなり不可思議な印象を持つ作品です。というか、これ、すばる文学賞の受賞作じゃないの!?と驚いたくらいには、読み始めはちょっと戸惑いを感じずにはいられなかったです。わりと純文学っぽくて、かなり「???」で読んでいたんですけど、ラストのほうになってようやく、「あ、小説すばるであってた」ってなりました。

このあたりが評価されたのでは?

過去と現在、夢が入り乱れているわりに、理解できる

過去パート、現在パート、さらに夢と、かなり入り乱れているわりには、どれがどれか判断できます。これだけ入り乱れているのに、さくさく読めるのはすごいなぁと思います。

しゃもぬまの造形

「しゃもぬま」という謎の動物の造形が光っていたと思います。また、しゃもぬまの説明が説明調でないため、無理なく頭に入りやすいです。

ただ、しゃもぬまは生死を司っている神聖な動物のようなんですが、糞とか肛門などの言葉がよく使われるため、あまり神聖な雰囲気はありません。逆にいうと、これらの言葉のせいで、しゃもぬまが薄汚れた(失礼)鳥にしか見えないし、その周囲にいる人たちも特別視せずにすみます。

神聖な(はずの)しゃもぬまを、日常の厄介者に無理なく落とした点がうまいなぁと思いました。

ただ、糞糞いわれると「……」という気持ちになりますので、ご飯を食べる前には読まないことをオススメします。

※古事記の神には、汚物から生まれた神もいるので、そのあたりを意識しているのかな?とも思いましたが、様々な理由が考えられる作品です。

ファンタジーと日常の融合

「しゃもぬま」の造形が前述の通りのため、ごく普通(でもないが)の日常が繰り広げられても違和感がありません。日常に動物が紛れ込んだくらいの雰囲気で進んでいきます。

過去のパートは、しゃもぬま信仰のある小さな島での出来事が主になります。古き日本の小さな島で、しゃもぬまがよく似合います。夢とはいえ、亡くなったおじいさん(カルパスとソラマメをくれたおじいさんとか、こういう描写一つでキャラ立ちするんだなと思った)がしゃもぬまを正座して出迎えるなど、マジックレアリズムっぽい手法も使われていて、非常に雰囲気が出ています。が、ファンタジーにどっぷり浸かった島というわけでもないんです。

このあたりのバランスが絶妙だと思いました。

独特の作風

かなり独特の作品です。読者を選ぶなという印象も持っています。

同時受賞の『言の葉は、残りて』がわりと万人受けする端正な小説であったのとは真逆です。読者を選ぶし、構成無視で我が道を突き進むし、汚物を描くし(描きたがるといってもいいくらい)で、型にはまらない感じです。この型にはまらない感じが受賞の要因ではないかとも思います。

前半はとくに純文学の雰囲気もあるため、大衆小説(エンタメ)と思って買うと「おお?」となるかもしれません。

純文学かと思いきや、後半でちゃんと落ちがある

後半でようやくストーリーが展開していきます。急展開(というほどでもないが)に賛否分かれそうですが、小説すばる新人賞の受賞作なので、なかったほうが「否」が多かったんでは?と思われます。

一気に物語が動くし、突然登場人物がクローズアップするし、突然「お父さんが~」などと紫織が言い出すしで、読み手の私はちょっと置いてけぼりな感じだったんですが……。有りかなとは思います。物語がしっかり閉じたところがよいです。

いちおう難点も書いてみる

前半と後半があまりに違い過ぎて、物語に浸かれば浸かるほど、後半は置いてけぼりになる気がします。かといって、前半部分のまま物語を閉じるわけにもいかなかっただろうなとも思います。

個人的には、人物造形の面で違和感が大きかったです。とくに多恵ちゃんとか、紫織パパとか、紫織などが、せっかくの物語の勢いを削いだように思います。おじいさん(あんなちょっとしか出てこないのに)とか、高次さんとか、後藤さんとか、すごくよいキャラクタがいる反面、重要人物がどうにも……。とくに多恵ちゃんと、紫織パパはもうちょっと書きようがなかったんだろうかと思わずにはいれません。

また、後半は書き急いだ感が強いです。勢いがあるのはよいのですが、あまりにも都合良く行きすぎです。もう少し前半に伏線があったなら(私が読み落としたのかも……)、もっとすんなり受け入れられた気がしています。

まとめ

『言の葉は、残りて』は総合点が凄く高い作品だと思います。個人的にマイナスを付けるところがない。逆に、本作は一点突破な雰囲気を持つ作品です。

「しゃもぬま」と現在・過去・夢をうまくかき分けた点にものすごく光ります。どう説明しても読まなくては理解していただけない小説です。