文章力に関する考察

2021年12月17日小説の書き方,小説投稿と通過,小説投稿の豆知識

最近、よくお見かけするのが、 「ラノベの軽い文章が書けないから、どうせ落ちると思ってた」、「自分の文体は硬いから、こういうライトな賞には合わないんだろうな」という言葉。 「文体が純文よりなので、一般文芸でも硬すぎるし、ライト文芸とか無理。出すところがない」のような迷い。

Webに小説を掲載されている方がいるので、 拝見するわけです。すると、「?」ってなることがけっこう多い。べつに文章重くないし、文体硬くないし、なんなら純文よりでもないから……と。テーマやターゲットに合わせて、賞を選べばよくないかなと。

また、純文学を志望する書き手さん。受賞作品を読んで「うわ軽っ」と思ったり、「すごく読みにくい……」と思ったりしたことありませんか? 美文ではないのにあっさりと賞をもぎ取ってしまう作家がいますよね。すると、こんだけ文章に気を使って書いているのにと、悔しくなることはありませんか?

ということで、今回は文章力に関する考察をしてこうと思います。

一般文芸は硬い? そもそも純文よりってなに?

一般文芸の作家が、皆「重たくて」「硬い」文章を書いているでしょうか。正直、純文学作家でも、すべてが「重たくて」「硬い」というわけでもないと思います。

一般文芸のプロ作家でも、ひじょうに「軽い」文体の方はいらっしゃいます。ちょっと癖があるため、ものすごく読みにくい文体を書かれる作家もいます。時代小説一つとっても、THE時代小説といわんばかりに硬い方もいれば、ものすごくやわらかい文章を書く方もいらっしゃる。

純文学作家で、「硬い」のに「読みやすい」文章を書かれる方もいらっしゃいます。また、漢字が極端に少ない文章の作家も(あれだけ漢字が少ないのに読みやすいってすごいと思います)。あまりに癖がありすぎて、慣れるまで読むのに苦労した作家もいました。

なにを持って、一般文芸より、純文よりの文体といっているのか、私には本当によくわからないんです。どうも、地の文が多い=文章がラノベじゃないとか、情景描写が多い(説明口調)=文章が硬い、一言で表現できることをくどく説明する=一般文芸より、といっているように思えてくるんですが。

説明の多いラノベもあるし、情景描写の量と硬さは無関係だと思うし、なんなら説明口調も「うまい口調」と「うまくない口調」があるし、一般文芸だってくどくど説明されたら読むの辛くなるよ……と思いませんか?

そもそも文体ってなに? 文章力の有無はどこで判断する?

まずは、コトバンクで意味を確認したいと思います! 文章力ではヒットしないので、「文章力=筆力」と捉えます。

ぶん‐たい【文体】
文章の語句・語法・措辞などに特徴的に現われている作者の個性。その作者に特有な文章の特色、傾向。スタイル。

ひつ‐りょく【筆力】
運筆の勢い。筆勢。また、絵画・文章などの表現力。

精選版 日本国語大辞典

表現力と描写に重きを置く人が多い?

文章の上手い・下手を、「表現力があるか」「描写などが緻密か」だけで判断している方が多い印象があります。それが悪いわけではありません。表現力はあったほうがいいですし、描写だって書けたほうがいい。

ですが、これらは文章が上手い・下手の1ピースでしかないと思うんです。そして、小説を書き慣れてくれば、ある程度の表現力と描写力は身につきます。多くの作家志望者さんが持ちうるピースなんです。

その1ピースだけで、上手い・下手を判断してもしょうがないと個人的には考えます。

たとえばミステリ。多少描写が粗くとも、謎や推理の過程がわかりやすく書かれていれば上手く感じる。
たとえば恋愛小説。表現力がありたきたりでも、心情描写がうまければ小説に入り込める。
たとえばライトノベル。描写は粗いけれど、無駄のない文章で、会話文がうまければ小説に乗れる。
……と私は思う。

表現力や描写だけで文章の上手い・下手を判断するのはちょっと難しいのでは? 一定レベルの読みやすさ、てにをはがある程度できていれば、文体・文章が作品にあっているかのほうが重要だと思います。

その表現・描写は、本当に効果的ですか?

表現力と描写に重きを置く人は、次の点に注意したほうがよいと思います。

・表現力や描写に酔っていませんか?
・表現力や描写が自己満足になっていませんか?
・その表現、描写が読者に伝わっていますか?
・表現に凝るあまり、くどくなっていませんか?

本人は自信のある文章でも、意外とありきたりというケースも少なくないです。また、同じ表現・描写を繰り返すとか、表現が過剰すぎて盛り上がりがなくなるとか……。表現や描写に力を入れるあまり、全体として文章が今一つになることもあるように思います。

文章が上手いってどういうこと?

私は文章がうまい作家を、「文体と筆力がある人」だと思っています。

①その作者に特有の文章スタイルがある
②文章に流れがある
③表現力や描写が印象的で、適切

具体的にいうと、この三つです。おそらく、人によって重視するポイントは違うと思います。私が「上手いな」と思った文章は、①~③が満たされていることが多いように思います。

①はいうなれば、「○○さんの文章ってこうだよね」という特徴のようなものです。誰しも自分の文体があるといわれると反論はできません。が、やはり多くの方が、汎用的な文体に止まるような気がしています。ただ、汎用的なほうが読者からすると受け入れやすいので、①を持つことはわりと諸刃の剣のようにも思います。

つまり、なにがいいたいかというと

極端に上手い人。それこそ文壇でも認められた美文の作家、あまりにも豊かな表現力と視点を持った作家、心情描写が的確でうまい作家。確かにいらっしゃいます。文章上手いよねというと、よく名前の挙がる作家さんたち。

そのへんをのぞくと、あとは「好き・普通・嫌い」「合うか・合わないか」に集約される気がしています。

ようは好みです。本好きの友人たちと話すと、だいたいみんな言います。「好みかそうでないかだよね! 合うと、上手いってなる」と。

新人賞に文章力は必須か?

もちろんあったほうがいいだろうけど

新人賞の多くで、「筆力だけなら一番」、「文章力は抜きんでていた」けれど、落ちる作品もあります。そういう意味で、文章力があれば取れるわけではないと考えます。もちろん、文章力はあったほうがいいけれど、ある一定レベルの文章を超えていれば受賞は可能かと。

正直、一次や二次選考の通過作だと、「よく通ったな……」というレベルのものもありました。文章力を軽視しているわけではないと思うんですが、新人賞の一次、二次ではもっと多角的な判断がされているのだと思います。

多少、てにをはが微妙でも手直しはできるし、多少描写が足りなくても足せばいいわけだし。少なくとも、文章力に関しては、「地の文が多いから上手いとか」、「描写が緻密だから上手いとか」、そういう判断はしていないように感じます。

純文学に関しては文章力が決めてになることもある?

受賞作を見ると、すごく読みにくく、決して美文ではない作品もけっこうあります。共通点はこれ。

文体が特徴的かどうか。より具体的にいうと、文体が新しいか、実験的か、独特か。

早稲田文学新人賞受賞後、芥川賞をあっさりとってしまった作品。「全文横書き、かつ固有名詞を一切使わないという日本語の限界に挑んだ超実験小説」です。小谷野敦さんが、「まあ普通に新人賞に応募したら一次予選ではねられる類」とAmazonレビューに書き込みをされています(この意見がどうなのかはさておき)。芥川賞受賞のときは、とにかく話題になりました。

宇佐見りんさんのデビュー作。一人称で、方言混じりで、子どもっぽくて独特です。この文体が、主人公をすごくリアルに表現します。この場合、「現実的だ」というよりも、「迫真感のある」という意味でのリアルです。

ここまで特徴的ではなくとも、はやり文体に特徴のある方は上に行きやすい印象があります。先ほど、「文章がうまい作家」=「文体と筆力がある人」と感じるという話をしました。つまり、「①その作者に特有の文章スタイルがある」を持つ人は強いように思うんんです。

だだ、申し訳ないけれど、①を持つ人って意外と少ないように思います。また、①を活かした描き方ができる人はさらに少ないです。正直、プロの作家をのぞけば、私がすごいなと思った書き手さんはほんと数名しかいません。

まとめ

文章力って、上手ければいいってもんでもないと思うんです。また、文章力のレベルは、純文学>一般文芸>ライト文芸>ラノベでもないと思います。また、自分の文体、文章レベルを客観的に判断できる人は少ないかと思います。「自分の文体は○○だ!」と決めつけるのはもったいないのでは?

また、言葉を選び、表現に凝った文章が美文でもありません。地の文が多ければ高尚なわけでもないし、難しい言葉を使ったほうが評価が高いわけでもないと思います。

あまりに狭い視野で文章を捉えていませんか? 綺麗な文章が=良い文章というわけではないと私は思います。