魅力的な悪役が出てきたら、それだけで作品は1ランクアップする。
この悪役というのは、主人公と対になる存在と思ってください。必ずしも、敵でなくてもよいわけです。主人公が魅力的であることも大事ですが、個人的には悪役のほうが重要だと思っています。
というのも、「共感できる主人公」が求められる傾向があるため、主人公で冒険することが難しいです。冒険ができるのは悪役のほう。これを魅力的に書けると、作品はレベルアップすると思います。
作品に、「悪役」は出てきますか?
主人公を食ってしまうくらい、魅力的ですか?
悪役だからといって、必ずしも性格が悪い必要はありません。ですが、キャラクタの造形は、容赦なく行ったほうがよいと思います。口が悪いけど、実は友人(家族)思いというのはテンプレ中のテンプレです。
また、悪役が主人公という作品も印象的です。共感性の高いキャラクターばかりの応募作の中に、悪役を主人公としたものがあれば目立つと思います! ただし、敵役にするよりも難易度は上がると思います。読者が受け入れやすいキャラクターにする必要があります。ようは悪役でありながら、読者がそれを納得するような何かが必要になります。たとえばテロで亡くした、誰かを守るために悪に落ちたなどの悲劇性や、天才過ぎて誰も理解できないなどの特別視がそれにあたるでしょうか。
具体例を見てみましょう!
ミステリ作品では欠かせない「犯人」
犯人役は魅力的ですか?
ミステリー小説では、事件が起こるため犯人がいます。この犯人というのがだいたい「悪役」に該当するでしょう。1つで構いません、その犯人には次のような要素が入っていますか?
①犯人役に(陳腐でない)悲劇性がありますか?
②犯人役は探偵役を凌ぐほど狡猾ですか?
③犯人役は容赦なく残忍ですか?
④犯人役はミステリアスですか?
犯人が魅力的であればあるほど、作品が引き立ちます。とくに、(陳腐でない)悲劇性があると、読者は犯人にまで共感するため、ラストが盛り上がります。犯人が狡猾であれば、中盤の推理バトルが盛り上がり、ラストにカタルシスが生まれます。容赦なく残忍な犯人というのも、一定層が求めるキャラクターです。
具体例を挙げてみる!
『容疑者Xの献身』の石神さん
好きか嫌いかはさておき、湯川先生が認めたライバルというだけでキャラクターが立っています。この人は、①~③を満たす犯人だと思います。
2人が繰り広げる頭脳バトルは、どちらも一歩も引きません。愛する女性が不可抗力で起こしてしまった殺人をもみ消そうとする献身性もドラマチックです。作品をご存じの方にはご同意いただけると思うのですが、彼女を守るための容赦のなさ、そしてラスト、愛する女性からの裏切り(ではないんだけど裏切り)。とても印象的な敵役キャラクターだと思います。
『シャーロックホームズ』のモリアーティ教授
「シャーロック・ホームズ」のモリアーティ教授。②と③を満たす、大人気の悪役です。マンガ『憂国のモリアーティ』では主役を張っていますが、こちらもかなりおもしろいです。
マンガのご紹介で恐縮ですが、この造形はほんとよくできていると思います。
時は19世紀末、大英帝国最盛期のロンドン──。
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この国に根付く階級制度に辟易するモリアーティ伯爵家長子・アルバート。孤児院から引き取ったある兄弟との出会いによって、世界を浄化するための壮大な計画が動き出す。名探偵シャーロック・ホームズの宿敵、モリアーティ教授の語られざる物語の幕が開く──!!
このくらいかっとんだ悪役が主人公というのは、目立つと思います。
モリアーティの願いは、人々を食い物にする貴族社会を壊すというものです。英雄がやれば暴力や流血のない解放を目指すことになりますが、『憂国のモリアーティ』では、善では太刀打ちできないと明示していて、主人公のモリアーティが自分の手を血で染めてもという覚悟を持っています。同時に、ことが成ったあかつきには、自分が悪として処刑されてもよいくらいの覚悟です。ここに悲劇性があって、読者は惹きつけられます。
ちなみに、善では太刀打ちできないを具現化しているのがシャーロック・ホームズという……。人物の配置が驚くほどによくできているんです。
一般エンタメ小説の悪役とは?
魅力的な悪役が一番作りにくいジャンルかも……。
一般エンタメでは、悪役がどうもテンプレ化しすぎていると思います。
学園もの:スクールカースト上位の誰か
家族もの:姑、嫁、旦那、親
仕事もの:上司、同僚
それ以外:学生の頃の友人・知人など
目新しい悪役というのがいないんです。そのため、悪役は必須なんですが、魅力を感じるケースがほんとに少ないです。型どおりの悪役がいるからこそ、作品が成り立つのもわかるのですが……。
そもそも、ミステリのように探偵vs犯人といった、一方的な悪が書きにくいジャンルだと思います。そのため、悪役の使い方に技術が必要なジャンルではないでしょうか。逆にいえば、ものすごく魅力的な悪役が出てくれば、それだけで目立つのは間違いないです。
具体例を挙げてみる!
『悪童日記』の双子とおばあさん
この作品は双子が日記をつけるという形式で書かれています。この双子、とんでもないです。はっきりと「何をしたか」は書かないのに、やばいことをいろいろやらかしてくれます。悪役と呼べるか微妙なところですが、「悪童」であり、やることに容赦がありません。
また、文体が独特です。~と思ったとか、想像した、といった内容を省いて描かれます。事実だけを書き連ねていくわけですが、その行間にが濃い! 読者の想像を喚起するのです。これ、絶対読むべき本だと思います。
3部作で、『悪童日記』→『二人の証拠』→『第三の秘密』と続くのですが、『悪童日記』が頂点です。どんどん読むのが辛くなるかもしれません……でも、日記のラストが気になりすぎて、結局、全部読んでしまうんですが(読んでも、明確な答えは出ません)。
『青の数学』のライバルたち
ライト文芸に入るのかもしれませんが、内容的には一般エンタメです。数学にかけた高校生たちの、数学バトル! ライバルたちが非常に魅力的です。性格の悪いのもいれば、出来た子もいるし、天然もいます。天才らしい天才もいれば、うるさいのもいるといった感じで。キャラクターがとにかく魅力的です。
そして、主人公vsライバルだけでなく、ライバルvsライバルの戦いもあって、最初から最後まで飽きさせません。とくに、オイラー倶楽部の3年生対決(皇と二宮)がよかったです。
『サクリファイス』の石尾さん
自転車レースの話なので、スポーツ小説です。正確にはミステリ小説に入ると思うのですが、今回はエンタメ小説として取り上げます。
スポーツ小説のためライバルが必須になります。石尾さんは過去に新人を潰したといわれている自転車チームのエースです。性格もかなりきつい。この人の場合、容赦なく残忍というわけではありません。むしろ、作者がこの人に容赦ない。あまりに容赦なさ過ぎて、逆に悲劇性が増していくキャラクタです。
『サクリファイス』はシリーズもので、このあと『エデン』、『サヴァイヴ』、『スティグマータ』と続いていくのですが、『エデン』の天真爛漫系のライバルもよいです! ただ、悪役的なキャラがでてくるのは『スティグマータ』のほう。テンプレといえばそうなんですが、こちらの登場人物にも魅力がありました。
ライト文芸・ノベルでは、悪役が大事!
ライト文芸・ライトノベルにおいては、悪役が魅力的でなければいけないと思います。一般エンタメであまりに規格外の人を出すと、「こんな人いない」となるんですが、ライトノベルでは大丈夫。魅力的な悪役を作りましょう!
悪役が主人公『オーバーロード』
ゲーム世界への転移物です。この本、主人公は魔王なんです。まあ、魔王とはいっても、完全な悪ではないですし、成り行きでという感じなので、嫌悪感はありません。ただ、読者の視点が変わっているため、作品世界が非常におもしろいです。普段は主人公となる人たちが敵方にいるため、逆転世界が味わえます。主人公に肩入れすればするほど、敵方(いつもならこちら視点で作品を読んでいます)にムカツクとう逆転現象。大人が読んでもとてもおしろい作品です。
まとめ
新人賞の選評を読んでいると、「悪役が弱い」といった評をよくみかけます。作者にとってはかわいいキャラクターなのだと思います。つい、「実はいい人だった」ことにしてしまったり、途中でいじわる(暴力)をトーンダウンさせたりしたのではないでしょうか?
個人的には、「実はいい人だった」というより、「悪役のわりにいい人そうだったけど、実は容赦なかった(怒らせたら怖かった)」というほうがおもしろいんじゃないかと思います!
悪役の再チェックをしてみてはいかがでしょう?