信用できない語り手問題

小説の書き方,小説投稿の豆知識

今回は信頼できる/できない語り手という、ミステリーでよく論じられる問題についてまとめていきたいと思います。

多くの場合、小説は「信頼できる語り手」で成り立っています。主観的な嘘(思い込みなど)が多少あったとしても、ほとんどの小説は書き手が書いたことに嘘はないものとして読者は読みます。

しかし、書き手が嘘をついていたり、秘密を持っていたり、記憶喪失だったりする小説があります。これが信頼できない語り手の小説です。

つまり、作者と読者の間には「信用していい/してはいけないの契約」があるのです。

最近、この手法を用いている作品を(たまたま)連続して複数拝見する機会があり、まとめてみることにしました。

というのも、ミステリーの書き手は「語り手問題」に向き合っている人が多いように思いますが、他ジャンルの書き手は「語り手問題」への意識がまったくなく雰囲気だけで書いているように感じたのです。

信頼できない語り手とは?

簡単に説明すると

読んだとおり、語り手(視点人物)の記述が信用できないものになります。多くは一人称小説ですが、三人称小説でも見られます。

よくある例を挙げてみましょう。

語り手自身が犯人:探偵またはワトソン役をしながら、実は犯人であったというもの
記憶のない語り手:記憶喪失、酒や薬品で酩酊していたなど
複数人格の語り手:二重(複数)人格、寄生されている

ほかにもいろいろありますが、語り手が読者を欺いたり、構成の使い方(作中作のや手紙の語り手など)で読者の注意を逸らしたりする場合が「信頼できない語り手」といわれます。

もちろん、一人称の場合は、語り手には主観が混じってしまいますし、人称や視点固定によって「書いていい部分」と「書いてはいけない部分」が出てきますので、すべての小説が信頼できない語り手ともいえます。ただ、作者が読者を騙そうとしていない小説や、読者が騙されたと認識しない小説は「信頼できる語り手」と考えておおよそ差し支えないと思います。

信頼できない語り手の具体的な例(geminiによる創作に少しだけ手を加えたもの)

 世界はあまりに危険だ。あの日、彼は大怪我をして道端に倒れており、誰かに命を狙われているのが明らかだった。私は彼を自宅へ連れ帰り、もう3ヶ月も匿い続けている。

 彼はとても用心深くて、助けてあげた私のことさえ信用してくれない。それでも私は彼のために、毎日美味しい食事を運び、外の追手から守るために鍵をかけたこの部屋で、彼を大切に守り続けているのだ。

 今日も食事を持って部屋に入ると、彼は怯えながら、私にこう懇願した。

「お願いだ、家に帰してくれ。警察に言わないから」

といったようなものです。超短編なのですぐに気づきますが、これを中編、長編でやられると、あっと驚くラストになります。

信頼できない語り手の種類

大きく分けると次の二つになります

語り手が「意図をもって」騙しているか、「意図なく」騙してしまうかです。ただ、この複合型のようなケースもたまにあるので、完全に分けるのは難しいです。

意図をもって騙している場合

「語り手=犯人」が代表格になるかと思います。どんなケースかというと……

・自分が犯行(またはなんらかの行為)を行っている部分だけ書かない
・嘘をつく(おもにセリフで。一般的に地の文で書くとアンフェアと見なされるので手当が必要)
・語り手の正体を錯誤させる

などがあります。ネタバレになるので作品を挙げることはしませんが、それぞれ名作があります。

他にも、犯人ではありませんが、「語り手が味方のふりをした敵だった」とか「二重人格(憑依、寄生虫)などの別人格だった」のようなケースも、だいたい意図して騙している場合に当てはまるかと思います。

その他にも、「自分のなんらかの罪を隠すために意図的に読者(探偵)を騙す」とか「自分の正体を隠す」などがあげられます。

例のまとめ
・語り手が犯人
・味方のふりをした敵だったなど(例:双子のもう一人と入れ替わっていた)
・二重人格(※)、憑依、寄生虫などの別人格だった
・自分のなんらかの罪を隠すために意図的に読者や探偵を騙す
・自分の正体を隠す

※二重人格については、別人格になっている間は記憶が欠落することが多いので、そこを上手く使うと「意図なく騙してしまう場合」になります。

意図なく騙してしまう場合

本人に騙す意図はなかったが、結果的に騙してしまうケース。

登場人物や読者が「信頼できない」と理解して読み進める場合と、そうでない場合があります。

前者の代表格は、「記憶喪失」または「飲酒、薬品による酩酊」などです。登場人物も「記憶のない間に何かをしてしまっている(可能性がある)」とわかっています。そのため、それを踏まえたストーリーになっていることが多いです。

そうでない場合は、「過去のトラウマ等で忘却しているが、それを忘れている」とか、「病気による幻覚、幻聴」などですね。

また、「悪気なく思い込みで語る」ことにより、読者を騙してしまうケースなどもあります。

例のまとめ
・記憶喪失
・二重人格等による記憶の欠落
・飲酒、薬品による酩酊
・過去のトラウマ等で忘却しているが、それを忘れている
・病気による幻覚、幻聴など
・悪気なく思い込みで語る

なにが難しいのか?

フェアに書くのが非常に難しいのだと思います。

最近、Webで読んだ信頼できない語り手小説では、一人称小説で詳細な過去描写がされたあとで、主人公の「最近記憶が曖昧だ」という独白が入り、読んでいて「どういうことだ?」と混乱しました。

伏線と取ることもできるのですが、都合がよい部分では記憶がよくなり、都合が悪くなると記憶が曖昧だと伏線を入れる。ようは叙述トリックを入れたいがために読者を混乱させる書き方をしていたわけです。

こうなると、ラストまで読んでも、「アンフェア」もしくは「後出しによる秘密の暴露」と感じてしまいます。

読者を騙すだけではなく、混乱させているので、かなり質が悪い小説だと思いました。

実際のところ、ミステリーの作者は「信頼できる/できない語り手」に自覚があるので、意外にもアンフェアと感じる作品は多くはありません(細かく見るとアンフェアだなとか、アンフェア一歩手前だなという作品はある)。

が、それ以外の書き手は、ノリで書いてしまうのか、前述のように平気で矛盾する仕掛けを入れてきます。こうなると、伏線が伏線として機能しないため、逆に作品を壊してしまいます。

フェアに書くとはどういうことか?

信頼できない語り手というのは、ある種の叙述トリックです。そのため、叙述トリックとの相性がよく、叙述トリックに用いられることがたいへん多いです。

わかりやすいので、今回は叙述トリックをメインに考えていきましょう。

叙述トリックでは、基本的に嘘は書かない

読者が読んだときに「騙された」と思うのは◎なのです。問題は、読者が「いきなり○○といわれても」という印象を持ったら、作者の負けなのです。

書き手と読者の間には約束があります。それは「地の文で書かれた客観的事実は信じてよい」という契約のようなものです。

叙述トリックとは、「書き手は約束を守っているのに、読者が勝手に勘違いをする」ケースをいいます。

フェアな例

一人称の高校生が「最近、校内にカレシができてラブラブだ。みんなには内緒だ。校内で視線が合うとドキドキする」と書いたとします。読者の多くは「同じ高校生のカレシができた」と勘違いします。実は、「先生でした」というのが叙述です。

アンフェアな例

「最近、同じ高校の生徒と付き合っていてラブラブだ。」と書いたらアウトになります。生徒と書いてしまっているからです。同時に、「カレシと同じ陸上大会に出場するので、練習にも身が入る」と書いてもアウトです。顧問が出場するとは一般的にいいません。

つまり、読み手の誤解を意図的に引き出すのはOKなのですが、読者に対して嘘をつくのはアウトなのです。

嘘を書いても許される例外

意図なく騙してしまう場合は、主人公が「思い込んでいる(主観的である)」ため、嘘を書いてもある程度OKということになります。

推理の過程で、「Aが犯人に違いない!」などの語り手の推理(心象)を書くのは問題ありません(語り手はそう思い込んでいるし、嘘をついているわけではありません)。ただ、これを語り手=犯人でやるとアウトです。なぜなら、犯人は「Aが犯人ではないと知っているから」です。

つまり、思い込みや推理として、語り手が主観的な記述をすることは許されます。読者が「語り手の言葉(地の文)を信じてはいけない=信頼できない語り手」だと知っているからです。

厳密には言葉一つに注意して書かれるものである

たとえば他殺に見せかけた自殺というトリックがあったとします。

厳密にいえば、地の文で「他殺」と書くのがアウトと捉える人もいます(セリフでは問題ない)。ここまで注意して書くのが叙述トリックです。

ミステリー以外でも、AとBが恋人同士ではないのに作中では恋人と思われているケースで、地の文で「恋人」「カップル」と書いてしまうのはいかがなものかということになります。叙述で騙すつもりがないのであれば、書いても問題ないとは思います。

とにかく一番まずいのは?

そのため、叙述トリックをやりたい作者が、信頼できる/できない語り手に無自覚で小説を書くと、大きな事故を起こします。

叙述トリックを入れたいがために読者を混乱させる記述をいくつも入れてしまうのです(前述した例ですが『一人称小説で詳細な過去描写がされたあとで、主人公の「最近記憶が曖昧だ」という独白が入る』)。これは本当にやめたほうがいいです。

というのも、読んでいて混乱するし(ひどい場合は、数行の間に矛盾が出て、読者がついていけなくなる)、ネタが明かされても驚けません。驚けないだけでならいいのですが、怒りさえわいてきます。

なにせ矛盾だらけで「どういうこと?」と思って読んでいたら、作者がドヤッと「実は○○でした」を出してくる。徒労を通り越して怒りがわいてくるのです。

叙述トリックは簡単に見えてとても難しいので、まずは「信頼できる/できない語り手」について理解し、「フェアかアンフェアか」を理解できるようになってから書きましょう。

まとめにかえて

まずは、せめて5冊、できれば10冊以上の、信頼できない語り手小説を読んでください。その上で、フェアに書くとはどういうことかを知って下さい。

まず、「フェア」であることを意識することが第一歩なのだと思います。

が、アイディア優先で、その意識がない作者が多すぎるなと思って、注意喚起としてまとめることにしました。