一次通過が難しい投稿作とは?(純文学編)

2020年11月2日小説投稿と通過

「一次選考を通過できないのはなぜ?」で雑感を書きました。

見た目はちゃんと小説(っぽい)のに、一次選考を通らないだろうなと思う作品があるという話です。今回は純文学に関して雑感を書きます。投稿者ではなく、本読みとしての個人的な意見です。これが正解ではないと思いますが、読者目線なので参考になるかもしれないと思って書いておきます。上から目線に感じるかたがいらっしゃれば、申し訳ありません。ごめんなさい!!

 

純文学の必須要件

最近、純文学の定義が今ひとつわからなくなっている管理人ですが……。

そもそも、純文学は他のジャンルと違って「文章が上手く、文体に作者の色もできれば欲しい」なので、文章のうまさは必須です。エンタメ(とくにミステリー)やライトノベルでは「多少、文章が下手だろうが(読めることが前提ですが)、まずは面白いことが重要」なのですが、純文学は別です。
また、選考を通過する作品は次に挙げるような点を満たしていると思います。

テーマの選択がよく、作中でしっかり描かれている。
テーマとストーリーの相性が良く相乗効果がある。
テーマとキャラクターがうまく噛み合っている。

もしくは、次のような作品は強い。

テーマは隠されているが、作品を読むことでふわっと浮かび上がってくる(または終盤で切れ込んでくる)。
世界観が素晴らしく、世界観だけで作中に取り込まれてしまう。

キーワードを挙げるとこうなります。
・文章力
・テーマ
・世界観
・登場人物

これらの観点から、「これはちょっと……読むのが辛い」、または「読まなきゃよかった」というケースについて語っていきたいと思います。

文章力

純文学で上に行く人は、文章がうまいなと思います(芸術的でない人はけっこういますが、その場合はだいたい読みやすいです)。
純文学を書かれる作家さんは、ある程度文章が達者なので、「てにをは」があからさまにあやしい作品は少ない気がします。そのため、自分では気づきにくいのかもしれません。

うまく書いているつもりでそうでもないケース

純文学系でよくみるのは「読みにくい文章」です。そして、それを指摘すると、投稿者さんの中には「(読者側の)読解力の問題」と考える人が一定数います。確かに、「硬い文章」を読み慣れない人にとっては、美しいけれど硬い文体は「読みにくい」と感じるかもしれません。読者側の問題である可能性はあります。しかし、わりと慣れている人間にとっても、「読みにくいし、わかりにくい」と思う作品も多いんです。

そもそも書けていない

「お前が読めないだけだろ!」といわれるかもしれませんが、ときどきいらっしゃいます。文章が単純に下手。難しい漢字や言葉を使ってみたが、使いこなせていないケース。文章が無駄に長かったり、トートロジーが多く文章が洗練されていないケース。

※トートロジー:類語または同語を繰り返す方法。が、多すぎては意味がなく、冗長になるだけ。不必要なトートロジーはそぎ落としたほうが美しいと思います。

三人称こそ全てと思っている

三人称で感情・心理描写が多すぎる作品。
なぜか、「一人称には逃げたくない」とか「三人称で書いてこそ」とか聞くんですけど、三人称のほうが難しいの?
確かに三人称のほうが文体は硬く感じますが、硬いからとかではなく、ほんとに読みにくいんですよ。たとえば彼から電話を貰えないという一文(硬い文章とかかけません。例文が下手で申し訳ない)。

<三人称(一元視点? 感情描写多用)>
いつだって電話をするのは自分ばかりだと創子は思っていた。忙しいだけだと言い聞かせても、気持ちが冷めたんじゃないかとか、浮気をしているんじゃないかと創子の不安は募った。声を聞きたかったが、嫌われるのが怖くて通話ボタンを押せなかった。
<一人称>
いつだって電話をするのは自分ばかりだ。忙しいだけだと言い聞かせても、気持ちが冷めたんじゃないかとか、浮気をしているんじゃないかと不安が募る。声が聞きたいけれど怖くて通話ボタンが押せない。
<三人称客観(あってるか不安)>
電話はいつも創子からだった。恋人からの電話がなければ、気持ちが冷めたのか、浮気をしているのかと疑いがわく。創子は手にしたスマートフォンをただ握りしめた。

一番上の三人称視点のような書き方、けっこう多いんですけど、一人称より無駄が多いと思うんですよね。三つ見比べたら、一番上が、一番独自カラーと独特の雰囲気を出せない気がするんですよね(違うのかなぁ?) 一番上は、「思った」「考えた」で終わる文が増える気も。

多視点になって、感情・心理描写が「キモになる」作品なら、三人称多視点(感情描写多用)で書くしかないと思うんですけど(三人称多視点はそもそも選考上不利って噂もありますが……真相は知りません)。三人称単一視点(または一元視点)が悪いといっているわけではありません。しかし、感情・心理描写多用(独白的)の三人称一元視点作品は読みにくいと思います。

作者だけが「高尚に書いているつもり」の場合

ただ硬いだけで、文体にリズムのない文章です。これで難しい言葉ばかりだとさらに読みにくいです。難しい言葉を多用するのは(個人的には)構わないんです。しかし、リズムもセンスもなく、無味乾燥な文体ならば、小説としては厳しいと思います。少なくとも、「変に言葉だけが難解」な小説を読む気にはなれない。

また、漢字がやたらと多いのも、「漢字使えばいいって話じゃないはず」と思います。実は、私は漢字が多用された作品って好きです。しかし、これで書くならリズム性と字面の美しさが必須かと思います。漢文的なリズムとか、古文風のリズムで美しい形の漢字を多用とか。めちゃくちゃセンスが問われると思います。

その点、やわらかで分かりやすく書かれている作品は、「やわらかい」(センス)とか「わかりやすい」(メリット)という印象がつきます。物語に入りやすい。少なくとも、易しく(そして優しく)書いてあるなら、(多少下手でも)マイナスは付かない。しかし高尚に書いたつもりで失敗すれば大きなマイナスです。つまり「分かりやすい」文体というのは、高尚なつもりの作品よりもスタートでの評価が高い気がするんですよね(たとえ0点でも)。
つまり、「読みにくく書きたい」なら、「センス」を磨かねばと思うのです。

「高尚に書けている」作品なのにマイナスされる場合

文体にリズムがあり、センスがあれば、素晴らしい文体になるかもしれません。しかし、それが「ストーリー」や「時代設定」や、場合のよっては「視点人物」に合っているのかどうかという話。
恋愛もので、主人公は現代の若者で、スマートフォンとかばんばん出てくるのに、「やたら読みにくい文体」で読みたいとは思えません。舞台設定に合わせて書いてください。

これが、現代パラレル世界の若者で、軍事統制家の日本で、身分差があるケースの恋愛であれば、「やたら読みにくい文体」でもOKかも。また、主人公が完全「哲学」の人で、周囲とものの見え方が違っていて、その一人称小説なんてものなら「やたら読みにくい文体」が相乗効果を出してくれるかもしれません(ただし、こんな設定で、どんなストーリーが描けるのか謎です。また、天才を描ききれるのか。天才と変人は別ですよ)。

テーマ

似たテーマの作品が多いです。『家族』『年を取ること』『介護』『定年退職後』『いじめ』『友達関係』(暗っ!)。
同じテーマがあれば、比べますし、うまい作品が上に行くのは当然です。その点、テーマが他と違って目新しければ、比較対象がないので上にいく可能性は高くなるはずです。

新人賞なら「斬新なテーマ」で。

または、『百年泥』みたいな、マジックリアリズムを取り入れるとか。他にない、比べられない作品って強いと思います。

よくあるテーマをまとめてみました。このテーマが絶対にダメなのではなく、他の作品と比べられる可能性が高くなるんじゃないかと考えています。

世界観

一次通過よりも、もっと上位選考で問題になる部分かもしれません。
独自の世界観があると強いなと思います。それこそ、円城塔さんとか。SFと純文学の融合『オブ・ザ・ベースボール』は衝撃でした。芥川賞を取った『百年泥』だって、インパクトは大きかったです。インドで、ガンジスがあって、なんでもありな中で、翼で飛行し畳むんですよ。へんな小説といえば『工場』もそうですよね。

ちなみに、『オブ・ザ・ベースボール』

ほぼ一年に一度、空から人が降ってくる町、ファウルズ。単調で退屈な、この小さな町に流れ着き、ユニフォームとバットを身につけレスキュー・チームの一員となった男の物語。

オブ・ザ・ベースボール
著:円城塔さん
文學界新人賞受賞。ペーパーのほうは、ほぼ中古品しかない様子。電子書籍で読むのが早いかと。hontoさんだけはアップ時点では取り扱い可(どこかの書店の店舗にあるのかも)となっていました。

『百年泥』

私はチェンナイ生活三か月半にして、百年に一度の洪水に遭遇した。橋の下に逆巻く川の流れの泥から百年の記憶が蘇る! かつて綴られなかった手紙、眺められなかった風景、聴かれなかった歌。話されなかったことば、濡れなかった雨、ふれられなかった唇が、百年泥だ。

百年泥
著:石井遊佳
新潮新人賞受賞・芥川龍之介賞受賞

『工場』

大河が南北を隔てる巨大工場は、ひとつの街に匹敵する規模をもち、環境に順応した固有動物さえ生息する。ここで牛山佳子は書類廃棄に励み、佳子の兄は雑多な書類に赤字を施し、古笛青年は屋上緑化に相応しいコケを探す。しかし、精励するほどに謎はきざす。この仕事はなぜ必要なのか…。

工場
著:小山田浩子
新潮新人賞受賞

どの話も、意味わからないですから。でも引き込まれていきます。
逆に言えば、応募作のほとんどは「想定できる」話なんだと思います。それでも他が優れていれば上へ昇っていくんだと思いますが、純文学の投稿者は文章の上手い人が多いです。差をつけるのはかなり難しいと考えます。そのため、世界観で目立てば通過の可能性は高くなるのではないかと思うわけです。たとえば現代の問題(リアルな)を描くのに、何かをディフォルメするのも有りだと思います。ひきこもりをそのまま書いても目立たないので、引きこもり場所を異空間にしてしまうとか。リアルになにかプラス要素がいると思うんですよね。

ただ、世界観に関しては、自分では「尖っている」「変な」作品を書いたつもりのかたも多いのではないかと思います。変な設定を入れればいいというわけじゃないですから。「変な設定(世界観)」を入れているけれど、一次通過は無理だろうなと思う例は次の通り。

・動物が人になる。または人が動物に。使い古されたネタは決して尖っていません。
・超常現象が起こるだけ。ある程度の説明をつけてください、もしくはそれが不思議でない世界設定を。
・ありえない変な人が出てくるだけ。さらに「ありえなさ」が類型的。また、ありえない人を書くなら、共感や同情を寄せられるキャラに。もしくは嫌悪でもいい。

よくあるネタで「尖っている」「変な」と思い込んでいるケースです。これらのネタが悪いのではなく、このようなネタを使っただけでは尖っていないという意味です。主人公が犬人間で、恋をしましたでは面白くない。犬人間である理由をしっかり考えましょう。

登場人物

一次落ちする作品(または一次通過が限界)の作品に多いのは、「記号」でしかない登場人物です。登場人物全てが「類型的」であることです。
たとえば、定年退職後に妻とうまくいかない夫(または夫が邪魔な妻)とか、子育てを手伝って欲しい主婦とか、介護している(されている)家族とか、だいたい誰が書いても同じになります(同じテーマで書かれた一次前後の作品を読まれたらわかると思います)。で、結局は構成とか文体で差がついてしまうんじゃないかと。

その点、『スクラップ・アンド・ビルド』は「おおっ」と思います。どこかずれた主人公がおもしろい。
登場人物が記号でなくなれば、ストーリー(または思考や心理描写)が他と異なり、目を惹くと思います。

スクラップ・アンド・ビルド
著:羽田圭介
芥川龍之介賞受賞

また、天才を出すなら天才らしくお願いします。天才と変人は紙一重ですが、紙一重と変人は異なります。

それから、悪人を書くなら、無駄な慈悲は与えないほうがよいのでは。「善と悪」について書くならまだしも、ミステリ的な仕掛けがあるならまだしも、「悪人」だけどちょっぴり「いい面」もあるのよとか、「悪」だと思っていたけど「実はいい人」で噂(や見た目)はあてにならないわというのは、思っている以上に多いですよ。それをするくらいなら、「悪」についてがっつり書いたほうが面白い気がします。

一次通過するために

文章って一朝一夕でどうにかなるものではないし、構成も同様(純文学には構成がなくてもOKな作風ってあると思いますが)。
三人称が下手な人は、一人称で素直に書いた方がまだいいと思います。また、難しく書けばいいってものではないです。たとえば、難解な言葉を使っているのに、文体がやわらかいとか、個性じゃないかなと思います。その二点を含めて、ちょっと文体を見直してみたらいかがでしょうか。

個人的には、「目新しいテーマ」と「主人公(または準主役)」というのが大事かなと思います。

テーマが思いつかないのであれば、せめて登場人物の類型化からは抜け出しましょう。

定年退職後に夫が邪魔な妻を書きたいとします。妻を主人公するのなら、他との差別化がいると思います。たとえば、その子ども目線(普通の人ですが、胡椒ひとさじ)で、不気味な母と類型的な(だらしない)父を書くとか、なんらかの視点変更だけでもいれていみたらいかがでしょう(いや、例題がいいとも思っていないんですが)。

さいごに

いろいろ作品を拝見して感じていたことを書きました。
私は選考委員でも、出版社の人間でもない、ただの本好きです。ここで書いたことが正しいのかはわかりません。個人的な感想なので、気になったところだけつまみ読みしていただければ幸いです。