小説の「人称」について、その2。一人称と三人称、三人称多視点

2022年6月26日小説の書き方

人称については、ざーっと説明している別記事をご確認ください。といっても、自分は文章のプロというわけではないので、刊行されている作品を読んで「このくらいは使い分けてるかな」と思ったラインで書いています。

一人称と三人称

ここでいう三人称は、神視点ではなく一元視点とか、一視点とよばれているものです。

一人称作品と三人称作品を明確にかき分けられている人のほうが少ないように思います。「わたし・僕・俺」を「彼・彼女・名前」に書き換えれば成り立つ作品がほとんどなのです(もちろん、逆も成り立ちます)。

最近は、「三人称のほうが難しい」という方も減ってきたように思いますが、そのかわりというように、「三人称のほうが好き」とおっしゃる方が増えた印象です。好みに文句をつける気はもちろんなく、「三人称のほうが好き」なのはべつにいいと思います。でも、「三人称のほうが(読めている・書けている感じがするので)好き」って人は要注意です。

それ、単に視点の使い分けができてないだけなので。

視点は作品に合わせて使い分けるべきものです(どちらで書いても問題ない作品もありますが)。作者の好きな方で書いて問題ないとは思いますが、一人称で書くべきものを三人称で書いている作品ってけっこうあるんですよ。とくに、主人公の主観を書き連ねている作品は、一人称にすればいいのにと思わずにはいられません。三人称だって個人の感情、主観を書いても問題ないんですが、一人の感情の動きをずっと追っていくような作品を三人称で書かれてもなと思ってしまいます(書いてもいいと思うんですが、成功していると感じる投稿作品に出会ったことない気がします)。

一読者としては、「もったいない」と思います。思うんですが、ぶっちゃけると、「一人称で書いたら?」という指摘はしたくないです。

一人称で書いたらと指摘したくない理由

・だって三人称が好きだからといわれる。
・一人称で書いたところで、たぶん一人称を使いこなせないだろうなと思う作者も多い。

三人称(一視点)というのは、わりとなんでもありなんです。一人称のほうが制約が多いため、うまく使いこなそうと思ったらこちらのほうが難しいように思います。

そういう意味では、ライトノベルの一人称作品はうまいものが多いと思います。

三人称多視点について

「三人称多視点だと新人賞に落ちる」といわれていますが、この「多視点」に誤解があるんでは?と思います。

新人賞で嫌われている「多視点」というのは、同じ段落やブロックで視点移動が激しいものだと思います。ブロックや章ごとに視点を変える手法は問題ないはずです。

実際、新人賞の選評で、「なぜ主人公の一視点で話が進むのだ。盛り上がるシーンを連ねればいいのに」的なものを見かけます。また、ブロックや章で視点が変わる作品が受賞しているため、「多視点が落ちる」というのはおかしいです。

視点移動の激しい多視点

これはやってはいけないというより、これをうまく書ける作者がいないというべきだと思います。

<恋人同士の待ち合わせ>
創子は彼を待つのが好きだった。本を読んでいれば時間はすぐに過ぎてしまう。今日もカフェで本を広げていた。彼女が半分ほど読んだところに、作太郎は息せき切ってカフェに入ってきた。終業間際に仕事を押しつけられたのだ。一時間も過ぎてるじゃないかと慌てて彼女を探す。いた。いつものように本を読んでいる。作太郎はほっと息をついた。

読みにくくないですか?

とくに、「彼女が半分ほど読んだところに、作太郎は息せき切ってカフェに入ってきた。」とか、彼女に視点オンしたところで、作太郎にチェンジ。別段、この場面は彼女視点で進んで問題がないところなので、視点移動する意味があまりないです。

文章が少ないからまだしも、一冊でこの視点転換を繰り返されると読んでいて辛いものがあります。多視点がタブーというよりも、単純に「読みにくいので、落ちやすい」んだと思われます。

とくに問題ない多視点

同じような場合ですが、どうしても創子と作太郎の視点で書きたいのなら、明確にシーンを分ければいいと思います。

<彼女視点のブロック>
創子は彼を待つのが好きだった。本を読んでいれば時間はすぐに過ぎてしまう。今日もカフェで本を広げていた。彼女が半分ほど読んだところに、作太郎が息せき切ってカフェへ入ってきた。彼が遅刻するのはいつものことだ。顔を上げて時計を見れば、一時間も過ぎている。(彼についてのいろいろを書く)

<彼視点のブロック>
待ち合わせしていた。今日で連続十回の遅刻になる。今日こそは彼女よりも先に待ち合わせ場所へついているつもりだった。それなのに、終業間際にトラブルが舞い込んだ。(仕事場のシーンを書く)

必要であれば、きちっと分けて書けば問題ないはずです。ただ、同じシーンを繰り返すような場合は、よほどうまい構成でなければ冗長になると思います。

一人称でブロックごとに視点を変えるのはよくないですが、多数の視点を通した作品というのはうまく書ければ評価されます。基本的に、多視点作品が受賞していますし、三人称一視点(視点固定)に苦言を呈す選考委員もいます。「多視点は不利」というのはおかしいと考えるべきです。

まとめ

人称に関していえば、読みやすければOKと考えていいと思います。ようは筆力があれば三人称多視点で書いても問題ありません。むしろ、うまければ三人称多視点はプラス評価を受けるのではとも思います。

書きやすい順でいくと

一人称>三人称(一元視点)>三人称(多視点)

だと思います。ただ、一人称はうまい・下手がわかりやすいです。一人称であることをうまく使った作品も応募されてくるでしょう。それと比較されるということです。そのため、うまく書こうとすると

三人称(一元視点)>一人称>三人称(多視点)

の順で簡単かなと思います。もっとわかりやすくいうと、三人称(一元視点)は、比較的、うまい・下手が出にくいということです。もちろん、表現力とか、台詞回しとかのうまい下手は出てきますが、一人称や三人称(多視点)に比べれば使いやすい人称だと思います。

新人賞応募作を拝見していると、次のような作品は強いなと思います。

  • 特徴ある一人称の作品(キャラクター性、言語性など)。
  • 一人称の特性をうまく使った作品(叙述、内面感情の爆発など)。
  • 多視点であることを巧みに使った作品(多視点で浮かび上がる真実、エモい場面を落とさない、映像的など)。
  • 文章力、表現力のある作品(ある程度うまい人は大勢います。正直、レベチじゃないと意味はないとお考えください)。

逆に、三人称(一元視点)はなんでもできるため、意外にも特徴が出にくい気がします。その分、表現力や文章力は直に出るかなとも思います。

どの視点を使うかって大事だと思います!