直木賞の受賞作を予想 第162回(2019下半期)候補作の個人的感想

2020年1月15日

まいど直木賞の予想はするのですが、勝率はあんまりよろしくありません。外して恥をさらすのもなと思っていたけど、せっかくサイトをはじめたので恥をさらしてみよう!

芥川賞はしないの?と言われそうですが、芥川賞は雑誌からノミネートされることも多いので手元にないのが一つ。図書館にあるよ、バックナンバーを買えばいいよとも思ったのですが、純文学って面白いかどうかだけで論じちゃダメみたいなので、そっとしておきたいと思います。

※ご注意
直木賞候補作なのでどれも傑作揃いなんですが、受賞作品を予想しているため、感想も全てを絶賛するという方向にはいかなかったです。個人の好みですので、ファンの皆様には申し訳ないです。

第162回候補作はこちら

小川哲「嘘と正典」(早川書房)
川越宗一「熱源」(文藝春秋)
呉勝浩「スワン」(KADOKAWA)
誉田哲也「背中の蜘蛛」(双葉社)
湊かなえ「落日」(角川春樹事務所)

作品の感想

小川哲「嘘と正典」(早川書房)

零落した稀代のマジシャンがタイムトラベルに挑む「魔術師」
名馬・スペシャルウィークの血統に我が身を重ねる「ひとすじの光」
東フランクの王を永遠に呪縛する「時の扉」
音楽を通貨とする小さな島の伝説を探る「ムジカ・ムンダーナ」
ファッションとカルチャーが絶え果てた未来に残された「最後の不良」
CIA工作員が共産主義の消滅を企む「嘘と正典」(書き下ろし)

短編集。どれも完成度が高くて、この作者、短編のほうが面白いかもしれない。歴史改変物も多く、改変&SF好きさんにはオススメ。あと、親子関係もキーワードの一つかなと思います。個人的には「魔術師」が一番面白かったですが、「嘘と正典」が一番作者らしいのかもと思いました。作者さんの発想力(アイディア)がほんとうに凄いです。

実は、『ゲームの王国』のほうも読んでいて、最初すごいすごい!と読み始め、後半でどんどんテンションが落ちていったことからもう読むまいとさえ思っていたのです。前作は、上巻で広げた風呂敷がぶっとんだまま戻らなかった感があってちょっと(作品がダメというより私がこの手のSFを苦手にしているだけな気がします。この手のSFが好きかどうかで読後感が大きく変わると思う)。今回、候補に挙がっていなかったら読んでいなかったと思うので、ほんとよかった。

個人的にはエンタメという感じではないんです。かといって、純文学っぽいかというと、文章がフラットで普通なのでそういう感じもしない。SFなんですが、凝ったSFというより、ちょっと純文学っぽいSFなんです(説明していて混乱してきた。この手のSFをなんと言えばいいのだろう!)。正直、分かりやすくはないと思います(内容が難しいというより、説明が少なかったり、途中で放り出される感があったり)。そう考えるとやっぱり『ゲームの王国』の作者だなぁと思います。

いや、でもほんとアイディアがすごいなと思うんです。歴史改変ものといっても、いわゆるエンタメ的な改編とは違っていて……ごめんなさい、たぶん読みこなせていない気がする。とてもおもしろい作品でしたが、読者を選ぶかもとは思います。

電子書籍で「魔術師」が無料読みできます。期間限定かもしれませんが、リンクを貼っておきます。

川越宗一『熱源』(文藝春秋)

樺太(サハリン)で生まれたアイヌ、ヤヨマネクフ。開拓使たちに故郷を奪われ、集団移住を強いられたのち、天然痘やコレラの流行で妻や多くの友人たちを亡くした彼は、やがて山辺安之助と名前を変え、ふたたび樺太に戻ることを志す。
一方、ブロニスワフ・ピウスツキは、リトアニアに生まれた。ロシアの強烈な同化政策により母語であるポーランド語を話すことも許されなかった彼は、皇帝の暗殺計画に巻き込まれ、苦役囚として樺太に送られる。
日本人にされそうになったアイヌと、ロシア人にされそうになったポーランド人。
文明を押し付けられ、それによってアイデンティティを揺るがされた経験を持つ二人が、樺太で出会い、自らが守り継ぎたいものの正体に辿り着く。

熱いです。たしかに熱源。史実をしっかりと踏まえて描いているみたいです(この時代には詳しくないですが、リアリティがあった!)。

文明に侵略され、差別される側のアイヌを描いていますし、明治維新後から太平洋戦争までの時代ですので、かなり辛く苦しい場面も多いです。激動の時代に翻弄され、押さえ込まれ、それでも強く生き抜く二人の人物を軸に広がっていく壮大な物語です。ヤヨマネクフもブロニスワフ・ピウスツキも実在の人物で、二人を追ったフィクションですが、まるでノンフィクションのように感じました。

二人が中心とはいえ、それ以外の登場人物もいきいきと描き出されており、彼らにも考えがあり、立場があり、物語をどんどん熱くしていきます。

全編を通しての主張はわりとシンプルで「人」と「生きる」、それだけの気がします。シンプルだからこそ深く感じるのかもしれません。

作品としてすごいなというのが一番。時代やアイヌに関する知識が薄いため考証することができないのですが、ノンフィクションに感じられるほどのリアリティのある描かれ方で、しかも読みやすい。歴史小説としても素晴らしいなと思いました。

ヤヨマネクフ(山辺安之助)は、白瀬矗さんの南極探検隊に参加したアイヌの一人といったほうが分かりやすいかもしれませんね。ちなみに、最初は2人が実在の人物だと気づいてなくて、だんだんと知った名前が出てきて「あれ?」と気づいた次第。

呉勝浩「スワン」(KADOKAWA)

首都圏の巨大ショッピングモール「スワン」で起きたテロ事件。前代未聞の悲劇の渦中で、犯人と接しながら、高校生のいずみは事件を生き延びた。しかし、取り戻したはずの平穏な日々は、同じく事件に遭遇し、大けがをして入院中の同級生・小梢の告発によって乱される。次に誰を殺すか、いずみが犯人に指名させられたこと(※)。そしてそのことでいずみが生きながらえたという事実が、週刊誌に暴露されたのだ。被害者から一転、非難の的となったいずみ。そんななか、彼女のもとに一通の招待状が届く。集まったのは、事件に巻き込まれ、生き残った五人の関係者。目的は事件の中の一つの「死」の真相を明らかにすること。彼らが抱える秘密とは? そして隠された真実とは。

(※)テロの犯人はいずみに次のターゲットを指名させようとします。不可抗力で1人が殺され、いずみは拒否して天井を見ていたのですが……。というテロ中の出来事です。

『道徳の時間』の作者が直木賞候補になるとは!(失礼過ぎる。ごめんなさい)

『道徳の時間』の時間のあと、この作者の本はもう読まないかなと思った記憶が懐かしい(ごめんなさい)。ネタはまだしも、出てくる登場人物が理解不能で、自分には合わないんだろうなと思ったんですよね(乱歩賞を取っているくらいだから面白いんだと思うんですよ)。

で、今回も前とあまり変わらない感想を持ちました(ごめんなさい)。自分には合わない。出てくる人たちの行動原理が今ひとつ理解できない。細かい行動から、動機などの大きな面まで、いろんな場面で「?」となって物語の勢いを削ぎます。

設定とか、構造とか、アイディアは素晴らしいのに! この人の作品はあらすじを読むと面白そうだなと思うんですが、何故か合わない!(ごめんなさい)

本格小説なら登場人物が事件のために配置されても気にならないんですけど、本作は社会派っぽい部分もあるので細かいところが目についてしまうのかもしれません。

誉田哲也「背中の蜘蛛」(双葉社)

東京・池袋で男の刺殺体が発見された。捜査にあたる警視庁池袋署刑事課長の本宮はある日、捜査一課長から「あること」に端を発した捜査を頼まれる。それから約半年後―。東京・新木場で爆殺傷事件が発生。再び「あること」により容疑者が浮かぶが、捜査に携わる警視庁組織犯罪対策部の植木は、その唐突な容疑者の浮上に違和感を抱く。そしてもう一人、植木と同じように腑に落ちない思いを抱える警察官がいた。捜査一課の管理官になった本宮だった…。「あること」とは何なのか? 池袋と新木場。二つの事件の真相を解き明かすとともに、今、この時代の警察捜査を濃密に描いた驚愕の警察小説。

3部構成で、1、2話は短編連作と思って読む人もいるのではないかと。『警察の目』(アンソロジー)に収録された『裏切りの日』の続編的位置づけらしいですね。3部から一気に面白くなるんですが、そこへいたるまでのリーダビリティは微妙。

1、2話は安定の誉田さん的警察小説です。他のシリーズ作品のようにキャラクターが強く出ていないぶん、つまらないかもしれません。3話で、情報監視社会(警察で秘密裏に情報を監視している)という社会派警察小説になります。1、2話でちょっと引っかかっていた部分がすっと繋がっていくのはよかったです。

サイバー網を蜘蛛に例えたタイトルは素晴らしいと思います。作品としては面白かったのですが、個人的にはネタが今さらすぎる印象もあります。1、2話でなかなか乗れず、3話もほぼ想定内で終わってしまうと、面白いけれどなんとなく乗れないまま終わってしまったなという感じでした。

湊かなえ「落日」(角川春樹事務所)

新人脚本家の甲斐千尋は、新進気鋭の映画監督長谷部香から、新作の相談を受けた。『笹塚町一家殺害事件』引きこもりの男性が高校生の妹を自宅で刺殺後、放火して両親も死に至らしめた。15年前に起きた、判決も確定しているこの事件を手がけたいという。笹塚町は千尋の生まれ故郷だった。この事件を、香は何故撮りたいのか。千尋はどう向き合うのか。“真実”とは、“救い”とは、そして、“表現する”ということは。絶望の深淵を見た人々の祈りと再生の物語。

個人的にはおすすめしない作品です。『未来』よりはましだけれど、湊かなえさんの他作品に比べると、ダメな部分が濃く、良かった部分が薄くなった感じです。

実は、湊かなえさんの作品は、ご都合主義的な部分や、キャラクターの主張(を通して見る作者の主張なのかもしれない)が相容れなかったため、昔っから苦手だったんです。それでも、あのリーダビリティに屈して読まずにいられなかったんですよ。ずっと。

とくに『告白』はいろいろ指摘したい点もあったのに、それを黙らせるだけの熱量とリーダビリティが!

だんだんとその勢いが薄れてきたかなと思っていたときに『未来』が出版され、ご都合主義なストーリーと(しかも冗長)、キャラクターにがっくりしたんでした。そして今回の『落日』。『未来』よりはまだおもしろかったです。でも、それだけです。『未来』よりストーリーやミステリ性あったものの、ご都合主義が目につくし、冗長で、昔のようなリーダビリティを感じなかったです。

湊かなえさんのファンには申し訳ないのですが、湊かなえさん作品にしては、おもしろい!とはちょっと思えなかったです。

受賞作予想とその理由

本命 湊かなえさん(功労賞。作家十周年。『未来』よりおもしろかった)
対抗 誉田哲也さん(むしろ誉田さんでいいんじゃないかと)
個人的本命 川越宗一さん(たぶん無理だろう)

作家十周年の記念的ミステリ作品なので、湊かなえさんかなと思っています。ただ、『落日』で取るくらいなら『未来』で取っておけばよかったのにとも思います。ほら、直木賞って、あれですから。功績ある作家さんを、「なぜその作品で取らせた!」ってなるの多いですから。

誉田さんの作品が「情報監視社会(IT)」なので、選考委員さんがどう捉えるかで変わってくるかなと。

川越さんの「熱源」は山田風太郎賞を逃しているのでないかなと思います。それに、これがまだ二作目の新人さんなんですよ。松本清張賞を取って受賞作刊行の、これがデビュー二作目。普通だったら取れないですよね。
作品だけなら頭一つ抜けている感じがするんですけれど、私がこの時代のアイヌに詳しくないせいかもしれません。デビュー作より格段におもしろかったし、熱量もあって引っ張られる作品でした。受賞してほしいけど、無理だろうなと思っています。

ちなみに、小川さんはSF短編集で、まだ作品が少ないことを考えるとないかなと予想。直木賞って感じもしないんですよね。まだ、ゲームの王国のほうが。呉さんは面白いのですが、いろいろ引っかかるところも多いので今回はないかなと思っています。

さて、当たるかなー?

1月15日 結果をみて追記

今回の直木賞は川越宗一さんの『熱源』。「作品だけなら頭一つ抜けている感じがする」と書いていながら、まだ2冊目だからないだろうと予想していたのですが。予想は外れたけれど、取って欲しい人に取って貰えたのでよかった!