『憂国のモリアーティ』の紹介とシャーロックホームズの原作ネタ!

シャーロックの世界で、シャーロック最大の敵である「モリアーティ教授」を主人公にした異色のマンガです。

『憂国のモリアーティ』ってどんな話?

19世紀末のロンドンでは、人口3%未満の特権階級に人々は搾取されていました。生まれたときから階級が決まっていて、血によって一生涯の身分が決まってしまいます。自らが上流階級の人間でありながら、モリアーティ伯爵家の長子アルバートはその制度に辟易していました。そこで出会ったのが、孤児院にいた二人の兄弟。彼らもまた生まれながらに身分のあるこの世界を嫌い、そして反抗しようとしていました。

「闘えるの? この大英帝国と」 アルバートはたずねます。
「そもつもりです」

……答えたのは、孤児院の子どもたちの中心で、天才的な頭脳をもつ少年でした。

「うちにおいで」

アルバートは二人を伯爵家に引き入れ、大英帝国に対して反旗を翻すことを決意。

本作品の1ページ目は、原作のラストであるライヘンバッハの滝(と思われる)から始まります。「原作をちゃんと使うんだ!」との期待通り、キャラクターやストーリーに原作が色濃く出てきます。それでいて、新しさもあるのでマンガとしても楽しめます!

1話の見開きに描かれた黒いコートのキャラクターたちは、今後出てくるモリアーティ(犯罪卿)の仲間たちです。なんと、シャーロック・ホームズは利用される側。ホームズを利用し、モリアーティたちは貴族社会を崩壊させ、理想の世界を実現しようと動き出します。

主要キャラクター

主人公はモリアーティ三兄弟(犯罪卿)です。シャーロック・ホームズ、ワトソン、ハドソンさん(大家)レスタレード警部、モラン大佐、マイクロフト・ホームズなど、原作のキャラクターが大量に出てきます。

ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ

本名は不明。アルバートに拾われ、モリアーティ家の養子になった。
16歳で大学に入り、21歳でダラム大学の教授となった天才。数学者で二項定理の論文が認められるなど、原作のモリアーティ教授を彷彿とさせる(容姿は別)。

子どもの頃から相談役(コンサルタント)として市民の問題を解決していた。現在は裏の世界で犯罪相談役(クライムコンサルタント)として、貴族社会の悪へ罰を与えている。また、理想の世界を目指し、劇場型の犯罪を起こして民衆を立ち上がらせようと画策する。ホームズと出会ったことで、彼を貴族の腐敗を暴く探偵役(主人公)として利用することを決めた。事件とホームズを影から操り、貴族社会の崩壊を目指している。

モリアーティが行う全ての犯罪や復讐を計画しているのがウィリアムで、メンバーの中心を担っている。見た目は優しげで、ちょっと天然っぽく見えるが、敵に対して容赦はない。

アルバート・ジェームズ・モリアーティ

孤児院で出会った兄弟と志を同じくし、養子に迎え入れる。頼れる長男であり、ウィリアムの理解者。自らが貴族でありながら、そのあり方に疑問を持つ。

伯爵位を相続し、成長後はイギリス陸軍で中佐にまで昇進する。ウィリアムたちの活動を支援するため、軍情報部の秘密機関(MI6)へ転属し、大佐となる。現在、表向きはペーパーカンパニー「ユニバーサル貿易社」の取締役だが、実際は諜報機関の「M」として組織をコントロールしている。

ルイス・ジェームズ・モリアーティ

ウィリアムの実弟であり、天才的な兄を崇拝している。心臓病を患っていたが、アルバートのおかげで養子として迎え入れられたあと手術を受けて助かった。それもあって、二人のためになんでもすると決意している。普段は、モリアーティ家の管理など、家に関する仕事をしている。
穏やかで、理知的な印象だが、兄至上主義でなにをやるかわからない一面も。

シャーロック・ホームズ

試問探偵(コンサルティングディテクティブ)を名乗る。相棒はワトソン。
ウィリアムの目に留まり、モリアーティが仕組んだ計画の探偵役として利用されることになる。起こった事件をホームズが解決することで、彼に注目が集まり、ヒーローとしてまつり上げられることも。本人は裏で誰かに糸を引かれていることを分かっているが、それが誰なのかを突き止めきれずにいる。自らが利用されていることを知っていて、それに乗らざるをえないことに屈辱を感じている。
兄のマイクロフトは政府の高官で、アルバートの上司。

ジョン・H・ワトソン

原作通り、アフガン戦争で負傷した元軍医。ハドソンさんが大家を務める家でシャーロックとルームシェアをすることに。場所はもちろんベーカー街221B。「コナン・ドイル」の名でシャーロックの活躍を発表するなど、原作に一番忠実な人物かもしれないと思う。

各巻ごとの作品紹介

1巻

モリアーティ3兄弟の幼い頃の話、彼らが行ったはじめての完全犯罪からはじまります(「緋色の瞳」)。そして、13年後、大学教授になったウィリアムたちはダラムに引っ越し、そこで起こった悲劇(貴族によって平民が殺される)の復讐を果たします。

「グレープフルーツのパイ一つ」

 隣の領をおさめるダブリン男爵とのトラブル。悪徳貴族のダブリン男爵は領民の恨みをかっており、ウィリアムが巧妙に追い詰めて行きます。

「橋の上の踊り子」

 酒場の踊り子が橋から飛び降り、学生が1人行方不明に。ウィリアムが捜査に乗り出します。モラン大佐やフレッド、ヘルダーという仲間も出てきて、スピーディーな展開です。

2巻

「伯爵子弟誘拐事件」
 アルバートたち陸軍は密造アヘンについて上に報告しますが、出所に貴族が絡んでいるかもしれないとの理由で保留されます。そして、ロンドンへ出てきたウィリアムが誘拐され、モランたちが救助へ向かうことに。

「ノアティック号事件」
ウィリアムとシャーロックが出会います。その場面がとてもいいです。
ここでは、ウィリアムの仕掛けによって貴族が殺人を犯してしまいます。それが表沙汰になるという事件です。

「シャーロック・ホームズの研究」(3巻へ続く)
シャーロックとワトソンの出会い。

原作『緋色の研究』を下敷きにした物語です。2人の出会い、それから壁に描かれた血文字と指輪(原作では「RACHE」、マンガでは「SHERLOCK」)、レストレード刑事の登場、なにより犯人の追い詰め方が、原作ファンも「おっ」と思える展開です。違うストーリーに再編成されていますので、原作を知っている方が読んでもおもしろいと思います。

3巻

「シャーロック・ホームズの研究」
 2巻で始まった本章が完結。同時に、これはウィリアムが仕掛けたシャーロックへの試験でもありました。ウィリアムはシャーロックを「探偵役」と見定めます。

「バスカヴィル家の狩り」
 町で子どもたち(ストリートチルドレン)が連れ去れるという事件が頻発。貴族たちの狩りを阻止し、子どもたちを救いに行くというストーリーです。
 原作『バスカヴィル家の犬』を彷彿とさせますが、エッセンスだけを抜き出した感じで、オリジナルストーリーです。

4巻

「黄金の軍隊を持つ男」
モラン大佐が主役の話になります。マネーペニーや、ヘルダーの武器庫などが出てきて、組織の全容が少しずつあかされていきます。
ストーリーは、アフガン戦争へロシアが介入しているとの情報が。武器の供給路を突き止め、アフガン戦争を終結させることが今回のメインの仕事です。今回は情報部からの仕事のため、ウィリアムはほとんど出てきません。

捜査の過程で、モラン大佐の過去が判明し、貴族たちが戦争で私腹を肥やしていることがあかされていきます。

「二人の探偵」(5巻へ続く)
 列車で出会ったホームズとウィリアム。ところが殺人事件が発生し、犯人として疑われたのはワトソンでした。ホームズとリアム、どちらが先に事件を解決するか競争することに!

5巻

「二人の探偵」
 完結します。事件発生直前に喧嘩していたホームズとワトソンも仲直りです。個人的にはこの話が一番好きかもしれない。

「大英帝国の醜聞」(6巻へ続く)
原作『ボヘミアの醜聞』を下敷きにした話です。「あの女」とホームズに称されたアイリーン・アドラーが出てきます。『ボヘミアの醜聞』にわりと忠実ながら、新しい要素がこんもりと入ってきます。

6巻

「大英帝国の醜聞」が完結します。大満足でした。そしてアイリーン・アドラーとホームズとの接触や、彼女が握ってしまったまずい資料の内容(これが秀逸です。マンガの世界観には合っています)など、とてもおもしろかったです。また、原作の名場面がちりばめてあるのも嬉しいです。

7巻

「モリアーティ家の使用人たち」
 組織のメンバーが勢揃い。今回は新たに加入したボンドと、モリアーティ兄弟を鍛えたジャックの紹介というかんじ。弾けたボンドのキャラクターがいいです。

「ホワイトチャペルの亡霊」(8巻へ続く)
 ジャック・ザ・リッパーが出てきます。ウィリアムはジャックから依頼を受け、ジャック・ザ・リッパーの正体を探りはじめます。

 ホワイトチャペルというのはロンドンの貧民街です。娼婦が狙われるジャック・ザ・リッパー事件のため、自警団が組織され、警察組織(ヤード)と睨み合いが起こっています。一触即発の事態です。ウィリアムたちはここでヤードと市民を争わせないように計画を練ります。

8巻

「ホワイトチャペルの亡霊」
 完結。ホームズも介入し真相に到達していますし、犯罪卿の存在に気づいていますが、それを暴くことができずにいます。

「スコットランドヤードの狂騒曲」
 ウィリアムたちがジャック・ザ・リッパーを葬ったため、ヤードは無実の市民を逮捕します。あれだけ騒ぎになった犯罪者ですから、逮捕しないわけにはいかないのです。

そこで、今回はボンドとホームズがえん罪を晴らすためにそれぞれ動きます。

「一人の学生」
 ホームズがウィリアムを訪ねます。ダラム大学では試験の真っ最中。その採点をしていたウィリアムですが、100点を取れるはずのないと考えていたテストで100点以上の解答が出たことに驚きます。「名無しの受験者」を探して欲しいと依頼します。

9巻

「モリアーティ家の休日」
 モリアーティ家がはじめて迎えるクライシス。秘密主義のモリアーティ家で「お茶会」をすることになってしまいました。アルバートやウィリアム目当てで、良家のお嬢様がたくさん訪れることが予想されます! この難局を乗り切れるか! 珍しくギャグテイストの話で、おもしろかったです。

「ロンドンの証人」
 チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン登場(原作『犯人は二人』に出てくる脅迫王です)。「ホワイトチャペルの亡霊」でもちらりと出ていた人ですが、今回は彼の正体が明かされます。ミルヴァートンはホワイトチャペルの件を邪魔したウィリアムたちの周辺を探りはじめます。彼が手に入れたのは昔の裁判記録。孤児であったウィリアムとルイス兄弟が、裁判で貴族と争った記録でした。どんな裁判だったかがあかされるストーリーです。

「ロンドンの騎士」(10巻に続く)

ホワイトリーという市民の味方というべき議員に、脅迫王ミルヴァートンの魔の手が。

10巻

「ロンドンの騎士」(9巻から続く)

ウィリアムはホワイトリーが真に高潔かを試します。結果として、ウィリアムたちはホワイトリーにかけてみることになったのですが……ミルヴァートンの魔の手が!というお話です。

「闇に閉ざされた街」

シャーロックが中心の物語です。大きく話が動くわけではなく、犯罪卿について、ホワイトリーの事件について、総括されます。

驚くべきはラスト! ジョン(ワトソン)が結婚!?
実は、原作のワトソンも結婚をするのです。これも原作をなぞっているのではないかと。11巻で結婚について描かれる模様です。

読むのをオススメする原作は?

『緋色の研究』(2、3巻の元ネタ)と『ボヘミアの醜聞』(5、6巻の元ネタ)です。シャーロックホームズ作品のなかでも人気・知名度の高い作品ですから、教養として読んでおくのもよいと思います。

また、1巻の巻頭はライヘンバッハの滝(シャーロックとモリアーティの最終決戦→その後、死んだと思われていたシャーロックは帰還しますが)なので、原作を知っている人は、「おっ!」と思ったはずです。

モリアーティの造形や、モラン大佐の造形などは、かなり原作を意識して作っていると思います。マンガを読んだあとに原作を読むと、ここを使っていたのかと気づくことも多いのではないでしょうか?

おわりに

原作ファンもにやりとする展開、キャラクターがたくさんでてきてオススメです。ただ、全員が若いイケメン(ジョンはいわゆるイケオジかな)になっているため、それが受け入れられないファンは読まない方がよいかも。

また、原作を知らないかたにも楽しめる展開です。それぞれのストーリーも面白いですし、キャラクターもよいです。貴族社会を倒して理想の世界を作るという犯罪卿モリアーティ一味がどうなっていくのかも気になります。ウィリアムは、最終的にモリアーティは倒されるべきという考えているようで、結末が本当に気になります。

1話の1ページ目は、ライヘンバッハの滝でいまにも滝壺に落ちようとしているウィリアムなので、さらに心配。

原作では、ライヘンバッハの滝でホームズとモリアーティが対決し、二人一緒に滝壺へ落ちてしまいます。そして、モリアーティは亡くなったとされているのです。

大筋のストーリーも気になりますが、それぞれの章も面白いです。個人的には、4~5巻の「二人の探偵」、5~6巻の「大英帝国の醜聞」、8巻の「一人の学生」などが好きです。

モリアーティの敵として、ミルヴァートンが出てきました。今後も目が離せません。

※巻の紹介に、気づいた分のホームズ原作ネタ元を入れています。が、たぶん忘れているだけで他にも元ネタがありそうな気はしています。一応全集は全部読んだけれど、シャーロキアンではないので。すみません。